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2006年11月23日 (木)

ケーベル先生ゆかりの地

今から9年前、平成9年(1997年)10月7日から同年11月3日まで、東京・上野公園内の奏楽堂で、奏楽堂復元開館10周年記念として、特別展「ケーベル先生とその時代」(主催は台東区芸術・歴史協会、芸術研究振興財団、東京芸術大学音楽学部、後援は岩波書店)が行われました。その時、ケーベル会では、ケーベルの日本での住居跡を紹介した、ちらしを作ったことがありました。次のような内容のものでした。

-散策-

 ケーベル先生が来日したのは明治26年。今年は来日104年目にあたります。近代日本の音楽・哲学史に不滅の足跡を残しながら、今まであまり顧みられることが少なかった先生ですが、最近になって様々な側面から光が当てられつつあります。

 そこで今回は初のケーベル総合展にちなみ、都内近郊にその足跡をたどってみました。

 夏目漱石の随筆「ケーベル先生」をお読みになった方は、まずお茶の水を思い起こされることでしょう。永い船旅から来日早々旅装を解かれ、日本でいちぱん長くお住まいになったのがこの地です。当時の番地で神田駿河台鈴木町19番地、今の「池坊お茶の水学院」の敷地(元、日仏会館)がそのままケーベル先生宅でした。

 この地は元々は原田熊雄男爵邸で、ドイツにゆかりの深い母君により来日にあたり提供された模様です。ここで毎日読書とピアノの訓練を欠かさなかった先生ですが、後に活躍する多くの若い弟子たちが訪れています。東京帝大の哲学の学生だけではなく、東京音楽学校からも幸田綾、幸姉妹、ペッツォールド、ウェルクマイスターなどが訪れ、食卓を囲んだり、時に即興の演奏に興じたりしたということです。

 近くのニコライ堂から坂を下った所に神田の味の老舗が集まる一角があります。その中の一軒、洋食の「松栄亭」には「かきあげ」と呼ばれる一品があります。これは初代店主がまだケーベル邸のハウスコックをしていた頃、急遽即席で作り上げたものと言われています。先の随筆集「ケーベル先生」の原稿を書くためケーベル邸を夏目漱石が訪れました。その時急遽、何かありあわせの材料でということで、誕生したメニューが3代目の今に伝わっているのです。

 また、一時は帝国大学に近い小石川植物園裏(当時の白山御殿町108番地)に転居しましたが、再び駿河台に戻り、つつましやかな生活が続いたようです。

 そして晩年になっていざ帰国ということになったのですが、第一次世界大戦のため延期ということになり、ここで先生のいう「蝸牛生活」が始まるのです。場所は横浜のロシア領事館。今の「横浜開港資料館」の裏手にある県庁の別館(今の中区日本大通)がある場所です。ここから杖をついて山下公園を散歩していたようですが、ピーナッツ売りの少年から買ったピーナッツの赤い袋がポケットにいつもあったということです。
[文貴=ケーベル会・中西隆紀]

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コメント

初めまして、じつはリストの晩年の弟子だったペッツオールド女史について調べています。資料が少ないため、もし詳しくご存じでしたらお教え願えませんでしょうか?宜しくお願い申し上げます。   

投稿: 松田満希  | 2009年3月28日 (土) 19時50分

インターネット検索してみました。

●明治生まれの歌手、声楽家の佐藤千夜子さんは、青山学院から女子音楽学校で声楽を学んだのですが、その時、ペッツォールド、サルコリーに師事したようです。

●一瀬正巳著『耳の至福、目の悦楽』には、「Ⅷ 薔薇の系図ー関屋敏子伝」という章があり、その中に、「サルコリー氏とペッツォールド夫人」という項目があるようです。

●ベートーベンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が、1910年(明治43年)5月29日、奏楽堂で、H.ペッツォールド(ピアノ)、A.ユンケル指揮により、演奏されたようです。

●「先生が傾倒したシューマン・ハインクやスレザークのこと、ペッツォールドやサルコリー、三浦環や山田耕筰、信時潔といった日本洋楽界の黎明期を拓いた多くの先達のことを、まるで昨日のことのように語ってくださったものだ」という記事がありました。この先生とは、柳兼子という人です。柳兼子は、声楽家で、資料としては、次のようなものがあります。

小池静子『柳兼子の生涯 歌に生きて』勁草書房、1989年 
宇野功芳『名演奏のクラシック』講談社現代新書、1990年 
松橋桂子『楷書の絶唱 柳兼子』水曜社、2003年 
渡部信順「柳兼子の歌」エッセイ『宇宙』(文芸思潮臨時増刊号)所収、アジア文化社、2007年 
(ウィキペディアから)

まだ、あるかも知れませんが、とりあえず、こんなところで。

投稿: | 2009年3月31日 (火) 07時54分

昭和52年ごろペッツォールド夫人のご主人の著作を出版するのに関係いたしました。 夫人の息子さん(カナダ)のご自宅
へも20年ぐらい前に訪問したことがあります。 私が知っていることはお知らせ出来ます。 2012年2月9日

投稿: 龍門寺文蔵 | 2012年2月 9日 (木) 09時52分

ケーベル会のリーダーたちが亡くなり、活動も少なくなり、ブログを見ることも少なくなり、コメントを見ていませんでした。

返事が遅れましたが、当方での関連資料はありません。

投稿: | 2016年9月22日 (木) 10時25分

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