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2010年5月17日 (月)

原点としてのケーベル

ケーベルに原点を見た時に、ケーベル会が生まれた。最初、そのことに気づいたのは沖縄の音楽教師、島尻先生だった。

ケーベルの弟子たちを見た時、そこに先生の原点性を見ることができる。プロテスタントの波多野精一、カトリックの岩下壮一が、そこにいる。

また、ご自身の信仰的転回を見た時にも、それを見ることができるかも知れない。最初はロシア正教会であった。次にローマ・カトリックであった。そして葬儀の時には、「無教会的」であった。これもまた、「原点的」ではないだろうか。二代目会長の鈴木さんは無教会の信徒であった。

ケーベルは独身であったので、当然、子供はいなかった。しかし、弟子たちに恵まれていたと思う。弟子たちは、ある意味で、彼の子供のようなものだったかも知れない。

そして、時を経て、ケーベル会が生まれた。ケーベル会会員も、また、「ケーベルの子」の中に入るのかも知れない。その時を隔てた交わりの中に参入しようとしているものかも知れない。

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