2014年4月11日 (金)

ケーベル先生が紹介されています

R・ケーベルの紹介を載せた本が出版されました。『日露異色の群像30-文化・相互理解に尽くした人々-』(長塚英雄責任編集、東洋書店)で、「哲学、西洋音楽の普及に尽くしたケーベル先生」とのタイトルで、小松佑子さん(チャイコーフスキイ研究家)が書かれています。

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2008年2月 3日 (日)

小品集3冊

活動を再開した四谷の聖三木図書館に、ケーベル関係の基本的な資料があります。ケーベル博士小品集は3冊(小品集、続小品集、続々小品集)、それに『ケーベル博士随筆集』(岩波書店)、『ケーベル先生とともに』(久保勉著、岩波書店)、思想23号『ケーベル先生追悼号』(岩波書店)があります。

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2007年3月19日 (月)

東京芸大でのケーベル資料

東京芸術大学の『音楽学部紀要』の第23集(平成9年度)に角倉一朗氏の講演「ケーベル先生とその時代」が掲載されています。また、同じ号に「ケーベル先生年譜」(角倉一朗、関根和江)もあります。

その他、第25集(平成11年度)には、関根和江氏による「ケーベル先生文献」(その2)、第26集(平成12年度)には、関根和江氏による「ケーベル先生文献」(その3)の紹介もあります。

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2007年3月13日 (火)

田中秀央の自叙伝など

『田中秀央 近代西洋学の黎明「憶い出の記」を中心に』( 菅原憲二・飯塚一幸・西山伸=編、京都大学学術出版会)の、「第二部・史料編」に、市河三喜「ケーベル先生について」があります。『憶い出の記』は、田中秀央の自叙伝です。

第一部は『憶い出の記』、第二部に回想文・追悼文、書簡、第三部に解題という内容で、ケーベルについても書かれています。

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2007年3月10日 (土)

学問の方法

「ケーベル先生随想録」の中に、ケーベル先生には備忘録を作る習慣が少年時代からあったという記述を読んで、思うところがあった。

私は、小学校の5、6年の時、読んだ本の中で感動した部分を抜き書きし、それを何度も何度も読み返そうとしたことがあった。これが、私における倫理的生活への目覚めであったかも知れない。この習慣は長続きしなかったが、学問の方法と言われるものも、これと似たり寄ったりではなかろうか。

備忘録作成の習慣というものは、ぜひつけたいものである。

その後、大学時代にも、私は読書ノートというものを作った。それは、本の中に込められている素晴らしい思想を常に自分の手の届くところに置いておきたいと思ったからである。しかし、残念ながら、その後活用されたとは言いがたい。

しかし、学問というものは、特に独学による学問というものは、こうした日々の地味な作業の積み重ねによる以外には達成されないのであろうと思う。

学問というものは、アイディアを捉え、それを書きつけ、それについて繰り返し考え続けるという習慣の中にのみ熟成されるものである。この日常的な積み重ねがなければ、学問というものはおぼつかないと思う。

さて、そこで現在における「学問の方法」を問うならば、その備忘録をブログで、インターネット上で公開することを勧めたい。これが、現代の学問の「方法」なのだと思う。

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2007年2月26日 (月)

文献

井上哲次郎がケーベルについて書いた文献には、次のようなものがあります。

■「フェノロサ及びケーベル氏のことども」(『明治文化発祥記念誌』大日本文明協会、大正13年12月)

■『明治哲学界の回顧』(昭和7年9月、岩波書店)

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ケーベル伝

『ベルツ モース モラエス ケーベル ウォシュバン集』(明治文学全集49、唐木順三編、筑摩書房)という本があり、久保勉氏が「ケーベル先生の生涯」という題で書いている。興味を持ったが、昭和26年7月の『ケーベル先生とともに』所収のものとのことであった。和辻氏のものよりも短かかった。

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2007年2月25日 (日)

小品集

『ケーベル博士小品集』の目次は、次の通りです。

1.[論文]カントの百回忌に当たりて。心霊の指導者シルラー。エドゥアルド・フォン・ハルトマン。
2.[断想]神及び世界。カント。雑感
3.[問と答]友としたき偉人。人物の鑑識。神に対する愛。聖母に対する愛。最も住みたき国。余の祖国。独逸「軍国主義」。余の理想とする生活。余の最も好む人間。哲学、文学及び芸術上に於ける余の嗜好。余の最も愛好する希臘、羅甸、伊太利、仏蘭西、英吉利、独逸及び露西亜詩人。浪漫主義とは何ぞや。小説の繙読について。余の最上と做す小説。無人島に配流の身となった場合に余の携帯せんとする書籍。音楽雑感。余の観たる日本。
4.[序文、演説、書簡]シャスラー著美学日本訳序。クーノー・フィッシャー著近世哲学史序論日本訳序。ルービンシュタイン著「音楽とその大家」日本訳序。メレシコウスキー著「神々の死」日本訳序。余の学生に。思出の為に。文科大学長に答ふる書。某誌の質問に答ふ。シェールマン博士に答ふる書。附録・ショーペンハウアーの根本謬見。ショーペンハウアーの神秘主義。ジャン・パウルの心霊説。

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2007年2月24日 (土)

続小品集

『ケーベル博士続小品集』の目次は、次のようです。

[続小品集]
1.私の世界。私の日毎の祈り。不死の信仰。カール・デュ・プレルとオッカルティズム。死及び自殺。日本に於ける私の聴講者と同僚。大学
2.私の唯一の願望、戯曲の上演について。イエナの芝居。グッコー。傾向文学。シュピールハーゲンとパウル・ハウゼ。
3.少年時代の思出。『謎の如き人々』。ショーペンハウアー。
4.汎神論と有神論。『驚異すべきもの』
5.『制作』の読者に。超感覚的なるもの。純粋観念論。
6.エッケルマンの『ゲーテとの対話』。読書及び書籍。美的享楽。ホメロス。パウル・ハウゼ。研究と性格。アミエルの『日記』。リヒテンベルヒの観念論観。実用主義。
7.詞の魔力。文学批評。フリードリッヒ・ダーニエル・シューバルトのMemento mori。
8.慰励書。『愚人』。私の『生涯の伴侶』。伝記。編史。
9.レッシング
10.カール・ヒルティー
11.フリードリッヒ・リュッケルト
12.アイヘンドルフ
13.書翰
14.備忘録より

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2007年2月13日 (火)

要望

岩波文庫『ケーベル博士随筆集』(久保勉訳編)は、現在、品切重版未定とのことです。

この本は、ケーベルを知るために必須のものとなってきたと思います。しかし、重版の時には、少し、注が必要かと思います。

それは、206頁の次の文章です。

「ミュンヘンに定住するようになってから、先生の衷に眠っていた昔からのカトリック的嗜好は、再び先生の心のうちによみがえって来た。そうしてついにローマ教会に籍を移すに至ったのであった。」(A)

これは当然、ミュンヘン時代のことを書いたものと思っていました。207頁の次の段落でも、「ミュンヘンにおける先生の交友の中には」と、ミュンヘン時代のことが書かれています。従って、「ローマ教会に籍を移す」の部分も、当然、ミュンヘン時代と思っていました。しかし、それは錯覚で、Aにある二つの文章の間には、来日という出来事があったと考えるべきだからです。

『ケーベル会誌』第3号で、巽豊彦氏による「ケーベル的キリスト教について」の中で、こういう個所があります。

「神田教会での受洗のことを博士は旧知のエドワルト・ハルトマンに知らせたらしく、ハルトマンから「君は想像による旧教徒だ。君の語る旧教主義は現実には存在したことのないものだ」という趣旨の返事を受け取っている。」

ハルトマンの言った「想像の上のカトリック信者」というケーベル評は、『ケーベル博士随筆集』の207頁に書いてありますので、事実なのでしょう。私は、ケーベルの改宗は、以前、ミュンヘン時代と考えていましたから、ハルトマンの言葉もドイツでのことで、手紙などないと思っていましたが、巽氏は、返事がある、と書いています。その返事の日付を見れば、時間関係が確定すると思います。日本での改宗は事実なのですから、当然、巽氏のように考えるのが妥当なのでしょう。

それにしても、A部分の二つの文章の間に、相当な時間が経過しているのだということを、重版の時には、どこかで指摘して欲しいと思います。

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