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2005年5月29日 (日)

1960年代の回想

   子供が死んだ
   罪の無い子供が死んだ
   
   それを見た、将来を約束された男が
   胸を打って、こう言った
   
   「社会を変えよう
   自分は、こんな社会で出世したくない」
   
   彼は社会変革の理論を考えはじめた
   しかし、彼は、それを実践はしなかった
   
   その社会変革理論の原点には、
   あの「罪なき子の死」があった
   
   1960年代に、よく読まれた小説に
   『カラマーゾフの兄弟』があった
   
   ところで、子供は死んだのだから、何も言わないが
   果たして、子供は無罪なのか
   
   一見、そう見える
   そして、歴史は、普通、その「一見」で動いていく
   
   最初、将来が約束されていたのは子供であったが、
   それを「不公平」と感じた子供に、まず反逆の心が生まれた
   
   そこに、問題が潜んでいる。
   だから原点は単純ではなかった
   
   著者の、ロシアの文豪は
   革命の論理を暴いてみせた
   
   心理の複雑な関係を熟知していた彼だが、
   この「一見」の奥までは書いていない
   
   子供の死に疑義ありとすれば
   革命の大義は失われ、小説は書けなくなってしまう
   
   いや、そこで、また
   新しい小説が生まれるのかも知れない
   
   この「一見」の場で、
   人類の二つの歴史が交錯した
   
   子供は矛盾を感じ、その矛盾に抗議した
   それは自己否定の決断に支えられていた
   
   そしたら、もう一方の人々も
   矛盾を感じ、抗議の声を挙げた
   
   矛盾のために、抗議しつつ
   子供と大人は、互いに自己を葬っていた
   
   虚無にも繋がる自己否定が
   何故か美化された
   
   しかし、やがて時がくる
   そして、すべてが明らかになるだろう
   
   ファチマの第三の預言も明らかになったのだから
   時が来れば、すべてが白日の下に明らかになるだろう
   
   子供が何と言うか
   それは、「罪なき死」ではないと思う
   
   しかし、その死の彼方から響いてくる告白によって
   新しい世界が来るだろう

 
   

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