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2005年5月13日 (金)

「海ゆかば」

新聞で、新保祐司さんが「信時潔」についての本を出されたことを知って、早速、購入した。信時潔は、私の学んだ中・高校の校歌の作曲者であったから、その名は10代の前半のころから知っていた。その後、「海ゆかば」の作曲もされたことを知り、その像が何か巨大なものに膨らんでいった。戦争の映画などでは、玉砕の時に、この歌が流れていく。歌詞も、ぴったりだ。そんな使われ方をしたので、戦後は、この曲は不遇であったという。しかし、私にとっては、まぎれもなく名曲である。この曲を、日本の歴史の中で、どう位置づければよいのか、著者は、次のような至言を記している。
-『海ゆかば』は、いってみれば近代日本の歴史の内奥から湧きいでたレクイエムであった。瀧廉太郎の『荒城の月』が、滅びゆく「武士」というものに対するレクイエムとして近代のはじまりに鳴った曲だとすれば、『海ゆかば』は明治維新から始まった近代日本の終局である大東亜戦争の最中に響きわたった、日本および日本人への万葉集までさかのぼって回想された鎮魂曲であった-
(『信時潔』新保祐司著、構想社、P17-18)
「海ゆかば」は、明治以降の近代日本の鎮魂曲なのだ。今、この曲を持ち出すことで、天皇制の絶対主義化への回帰現象と思う人はいないだろう。われわれは天皇のために生きるのでも、死ぬのでもないが、それでも、生きている限り、「何のために」という問いは続くのである。

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コメント

はじめまして。
先日『信時潔』の朗読会があり、新保先生にお会いしました。僭越ですが、TBさせてください

投稿: ソレル | 2005年5月23日 (月) 02時16分

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