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2005年5月22日 (日)

フーテンの寅さん

昭和48年、ある雑誌(11月号)に、私は「フーテンの寅さん」という表題でエッセーを書いた。当時は全国的な大学紛争は終わりはしたものの、その後遺症は続いていた。私はこう書いた。
-日本の希望の一つに「フーテンの寅さん」をあげたい。この映画、有楽町あたりのちょっと上品な映画館には縁がなく、新宿とか浅草とか、「ねえちゃん、あんちゃん」のたむろしている映画街に、ヤクザ映画、ポルノ映画と肩をならべて上映された。ただこのことだけで、世の良俗の守護神でおわします「責任倫理的」人間は現代日本の傑作映画の一つの傍らを通り過ぎてしまったことだろう。あたかも、強盗に襲われた旅人に目をそむけた祭司、レビ人のように。
「寅さん」の人気は今や怪物並み、かつての「君の名は」に匹敵するらしい。その理由の一つは寅さんの、小説『坊ちゃん』を思わせる気っ風のよさと、映画「ジバゴ」にも及びそうな情の深さにあるだろう。しかも同時にコッケイときているから、ますますいい。この感動、いつまでも失いたくない。-
作品に見られる、アウトサイダー、捨てられた者、同伴者といったモチーフはキリスト教の中にもある。風の如くやってきて、また風の如く去っていく寅さんのもたらす風は、人が実感の中で捉える神、聖霊を指しているようでもある。

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