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2005年6月 2日 (木)

犠牲と償い

犠牲も償いも、人生においては、よく知られた考え方である。犠牲は自分の権利を放棄して、他者を生かすこと。そこには自分の罪の前提がない。人生の観察者には、その真実がいたるところに見られる。償いとは、罪を前提として、それによる罰としての痛み、苦しみを受けて、それに耐えること。それには罰を終わらせるという意味があり、ただそれだけであれば、消極的な意味しかないが、その償いをしようとするとき、人生は積極的な意味を持つかもしれない。その中に、人生の意味と神の意思があるのかも知れない。

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