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2005年6月19日 (日)

神と仏に囲まれて

私が小学生だったころ、新居と旧居の家には、合わせて仏壇が二つ、神棚が二つあった。私が生活していた新居には、仏壇が二つ、神棚が一つあり、神と仏に囲まれた生活をしていた。しかし、仏教にも神道にも、信仰心はなかった。旧居の二階にあった神棚には、軍人らしい男性の横顔が飾られていた。明治天皇の写真であった。こちらは、その前で拝むことはしなかった。敷地内の事務所にも神棚が一つ、また、敷地内の社員食堂の隣には、小さなお稲荷さんの祠が一つあった。
新居一階の仏壇で、私も毎日、手を合わせた。その下には金庫があり、祖父が得意先から集金してきては、手形などを入れていた。祖父は、新居二階にあった仏壇にも、読経を欠かさなかった。しかし祖父から仏教の教義らしいものは一切聞かなかった。
祖父と祖母の名は、千葉・成田山・新勝寺の階段の一番下の手すり部分に刻まれている。一応、真言宗の信徒なのだろう。しかし、祖母の宗教心の実践は、特別なものではなかった。
母は再婚した男性の実家の宗教の影響を受けて、その信者となり、晩年は夫と共に布教活動をしていた。それは、天理教関係のものであった。二人のお骨は先祖の墓に納められた。
仏教、神道、お稲荷さん、さまざまな宗教に囲まれて、少年時代を過ごしてきた。今も宗教には、いくらか関わりがあるのだが、その原因は、こんな実家の状況が反映しているのかも知れない。宗教の、ささやかな日常的実践というものが、心の健康の支えとなり、また、この実践により、われわれの目の届かない所も含めて、万事が良くなるのだといった思いが強化されていくのであれば、それもまた意味があるのであろう。

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