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2005年6月 2日 (木)

敬虔なクリスチャン

新聞などで、「敬虔なクリスチャン」といった表記をよく見かける。私は、そのような表記にはなじめない。マスコミ特有の、マニュアル的発想からくる内容空疎な言い換え的表現の一つなのだろう。余り見かけないが、「敬虔な仏教徒」といった表記もあるのだろうか。
敬虔とは「うやまいつつしむこと。特に神仏に帰依して、つつしみ仕えること」と辞書にあり、「敬虔な祈り」といった使い方もあるという。
「敬虔なクリスチャン」という言い方には、周囲の人たちが、たとえば、修道女たちを見て、そう感じたといった印象が表明されているのかもしれない。その限りでは、それでもいい。しかし、そんな人たちだけがクリスチャンといった、限定的印象がもたらされれば、それは実際とは異なるし、クリスチャンは敬虔でなければいけないのか、といった疑問を誘発する。敬虔でないクリスチャンがいたっていいではないか。
たとえば、私は今でも、近代日本の生んだ最高のキリスト教著述家であったと思っている内村鑑三はだれもがクリスチャンであったことは認めるだろうが、「敬虔なクリスチャン」という言い方で表現できるだろうか。
一方で、米国などで、「ボーンアゲイン・クリスチャン」という言い方が、日本にも伝わっている。しかし、新聞などでは、ブッシュ大統領の信仰の説明などで一部使われはするが、マスコミにも余り使われていない。この表現は、仏教的に言い換えれば、「私は悟ってしまった仏教徒」と言っているようなものだ。
もし、仏教徒が、自分をそのように表明するとすれば、少し偽善的においがするのではないか。他の人が、そう言うのであれば仕方ないが、自分が言うのは少し控えた方が、本当に「悟ってしまった仏教徒」の言動としてふさわしいのではないか。

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コメント

お父様がフィリピンで戦死されたとの事、あなたの人生にも大きな影を落とした経緯、よくわかりました。

お父様はたぶん1910~20年のお生まれで、貴方は40歳~50歳の働き盛りのお医者さんでしょうか。

詮索好きをお赦しください。貴方の投稿に大変興味を引かれて・・・

因みに私はおそらくご父君に近い1925年、大正14年生まれです。

投稿: E-chan | 2005年6月12日 (日) 19時27分

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