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2005年6月29日 (水)

愛するとは

   愛するとは、自分の別のあり方を欲すること
   なぜなら、今の自分は不幸だから
      
   やがて死んでしまう、このちっぽけな存在に
   自分は我慢できない
   
   死んでしまう自分だが、
   そんな自分に頑強に反対する自分がいる
   
   この頑強に反対する自分にこそ、
   何か、本当の自分がいるような気がする
   
   私は存在
   ちっぽけな存在
   
   しかし、だから
   大きな存在にあこがれる
   
   大きな存在と共にいたい
   それが愛するということだ
   
   この大きな存在を神という
   だから、人は神を愛する
   
   神を愛さないでは、
   人は生きていけない
   
   そう言わない人たちは、
   本当の神を知らないだけ
   
   死を前にして、
   人は、神を思わざるを得ない

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