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2005年8月30日 (火)

心と霊

心と霊人間という構成は、心と体と霊という三者なのだという話を聞いたことがある。しかし、心と体という二者という人もいる。私は、基本的には二者が正しいのではないかと思う。しかし、霊の要素を否定するのではない。ただ、霊は神であれば、神と人(被造物)を明確に区別するためには、霊を人の構成としない方がよいのではないかと思う。心は、科学の領域である。それは被造物だから、神の創造の秩序の中に置かれている。それを知るのが科学である。しかし、霊は、自由に吹く風のようなものであり、人はただ感じるだけである。その霊を宿すことが人には可能である。その扉が信仰である。人は、だから、神の霊を宿す被造物なのだ。霊は人ではない、神である。人が、その霊を宿すという点から、人という被造物の特殊性が生まれる。その特殊性の要素に自由があるのだろう。神の霊を宿す、あり方は、他の被造物とは根本的に異なっている。その神の霊との語り合いの中で、人は生きる。この内的関係が、人の存在にとって一番重要である。地獄としての孤独は、その人には、もうない。

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