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2005年8月18日 (木)

靖国神社

靖国神社に行った。坂を上り、大きな鳥居をくぐると、一人の武士の立像があった。大村益次郎である。幕末、官軍を勝利に導いた指導者である。この立像がすべてを物語っているようであった。靖国神社は、明治からの敗戦までの近代日本の象徴的な神社である。現代は近代ではない。近代は敗戦で終わった。その時、靖国神社の大きな使命は終わった。日本の歩んできた歴史の中で、こんな時もあったのだということで、靖国神社があってもいい。その時代の遺品があってもいい。しかし、憲法が、日本の安全と生存を保持するために、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」する、としているように、軸足が、日本という国の神的起源から、世界へと変わってきているのだ。この軸足転換がベースにある以上、靖国神社が、今、いくら近代日本の役割を果たそうと願っても、それは出来ない。昔の日本は、こうだったのだ、という回想の時を持とうとする時、この神社は大いに助けにはなる。

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