« 現代社会の脆弱さ | トップページ | 鑑三さん »

2005年8月27日 (土)

談合

談合
日本道路公団の談合汚職事件が報道されている。建設業者の全体の和を保持して、同時に業界の弱者救済的意味も考えられそうな談合が、どうしていけないのか。談合には社会主義的発想の正義があるように思えるのだが。また、それに税金が投じられるのだといっても、それらは労働者たちに渡るのだし、彼らの納税により、お金は再び国庫に戻るのではないか。
和が大切というのは、日本的メンタリティーであるし、それを言い出したのは、お札の肖像にもなった聖徳太子その人である。
古代エジプトのピラミッド建設計画には、自然災害で苦しむ人々の救済という一面があったという。そこには官民癒着といった社会構造はなかったが、民あるいは業界の救済という点では、似通ったものがあるようだ。それらは談合に対する怒りの原点ではないのである。
談合に対する怒りの本当の理由は公正さ、フェアプレーの精神が冒涜されたということである。ルールどおりに行われなかったということである。このことは、人間社会にあっては非常に重要なことである。社会が法の支配下にあることを思えば、小さなことでも、法を破ることは、社会に腐敗の種を撒いていることを意味する。資本主義が善で、社会主義が悪とは思わないが、資本主義体制化で行われる競技に、ルール違反があれば、すなわち不正があれば、誰でも、それを排除するであろう。
談合の真の問題点は、そのへんにあるように思われる。

|

« 現代社会の脆弱さ | トップページ | 鑑三さん »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/5661907

この記事へのトラックバック一覧です: 談合:

« 現代社会の脆弱さ | トップページ | 鑑三さん »