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2005年8月18日 (木)

余生

僕の余生は16歳の時から始まった。16歳までは人間の人生であり、まさしく僕の人生であった。しかし、16歳の時、僕は、僕の人生のピリオドを打たされた。あえて、打たされたと言いたい。僕は別の人間になった。僕の体と心を使って、別の人格が活動を始めた。僕が僕でなくなることがしゃくだった。少し文句を言った。その不服従の答えは長い間かかって、やってきた。もう人生が終わりそうなくらい長い期間かけて、答えがやってきた。16歳以降、人生の目的の設定ができないことが、僕の中にそんな文句が生まれた原因かも知れない。しかし、余生でも、人生の目的を設定できるのだ。生きている限り、人生の目的はある。無限を目指していれば、目的がなくなることはないのだから。生きる中で、目的の設定というのは、生きがいを生み出す原因であり、誰でも注意して、生ある限り、生の目的設定の管理をしなくてはいけないのである。

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