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2005年8月15日 (月)

戦争の回想

第二次世界大戦で記憶されるべきは、アウシュビッツとヒロシマかも知れない。アウシュビッツを契機にして、ユダヤ民族は新しい歩みを始めた。その犠牲から生まれたイスラエルという国は消滅させてはならない。アウシュビッツはユダヤ民族の歴史の中で未曾有のことであった。では、ヒロシマはどうか。ヒロシマの原爆体験というものは、確かに日本の歴史の中で忘れることのできないものだが、それだけなのか。日本史の中だけでなく、人類史の中でも記憶されるべきものではないのか。なぜ、ユダヤ民族と日本民族が、先の大戦で、これほどの苦難を経験したのか。これまでの歴史を閉じて、新しい歴史を始めるためだったのかも知れない。(ヒロシマは世界平和の聖地になるだろう。靖国参拝が、どんなに議論されても、ヒロシマがある限り、日本軍国主義の復活はないであろう。)この二つの体験は、イエスの終末預言に呼応しているのではないか。なお、未来に終末を待望すべきなのだろうか。

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