« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005年9月30日 (金)

置換神学

イエスの出現で新約聖書が生まれた。それ以前の聖書を旧約聖書という。イエスをキリスト(救い主)と認めないユダヤ教の世界では、聖書といえば、今でも旧約聖書を指す。このユダヤ教とキリスト教とは同じ神を信仰しながら、どういう関係にあるのか。イエスの出現で生まれた教会は、イスラエルに対する神の契約・恵みは教会に移行していると考えてきた。しかし、イスラエルの民に対する契約・恵みは、教会の出現後もなお不変のまま、イスラエルに適用されていると考えるキリスト教会の信徒もいる。前者の神学を置換神学という。教会の大勢は置換神学であろう。どちらが正しいのか。それは立場によるのかも知れない。中世のローマ・カトリックの世界では置換神学以外、考えられないであろう。しかし、その体制的教会が異教的とか腐敗しているとかして批判する立場であれば、その主張がイスラエルに対する神の契約の不変性と協調して、体制批判の力を増すこともありうる。しかし、考えてみれば、イエスの立場はユダヤ教の許容するところではないのである。同時に、ユダヤ教の立場もキリスト教と並列ではない。原理的に一致できない以上、教会としては置換神学の立場に立ちつつ、他宗教に対しては、排斥的ではなく、対話的に折衝していく以外ないのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHKラジオ深夜便

NHKラジオ深夜便を聞きたくて、ラジオ付きのデジタル・ボイス・レコーダーを購入した。これで、夜、起きていなくても、この番組を聞くことができる。道を歩きながらでも、いつでも、どこでも聞くことができる。この番組を聞くためだけでも、僕はNHKの受信料を払いたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

君子の条件

「君子危うきに近寄らず」という言葉がある。問題を逃げている、卑怯だ、という思いがあった。しかし、今は違う。水に流す、許すということの大切さを考えている。時に、神は許しているのに、人は許さない、ということがありうる。しかし、それでは悪循環が止まらないのである。イラク戦争にあたって、米国は日本の敗戦の例、戦後の社会の民主化を考えたかも知れないが、イラクの場合は全然違ってしまった。日本は米国を許したのだろうか、その戦争被害を水に流したのだろうか。しかし、イラクは敗戦後も、その憎しみを忘れなかった。今も、その憎しみによる悪循環は続いている。悪がなされた時、それは被害者を生む。被害者は復讐して、別の被害者を生む。神は許しているのに、人が許さない場合、その許さないという思いが、新しい悪の原因になる。そんな悪循環は最小限、裁くことで処理しなければならないが、そりのような裁きは神にまかせて、人は出来るだけ許し、そして水に流すことを選びたい。同時に、ここで君子危うきに近寄らず、の教えが現実逃避ではなく、君子に期待される美しい生き方の原則なのだということを知る。日本は、今も戦争の被害を語り継いでいる。しかし、米国は自由の名の下で、今も戦争を選んでいる。その日米が安保条約によって、緊密に結びついている。安保条約というものは、日米という絶対矛盾的自己同一の要なのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月28日 (水)

菅円吉教授

立教大学の菅円吉教授に生前、何度か会ったことがある。教授の紹介していたロシアの亡命哲学者、ニコライ・ベルジャエフを卒論に選んだのが、きっかけであった。昭和43年ころ、教授は、当時、バルト一辺倒であり、立教の研究室で会った時も、バルトの学びを勧められた。その教授が昭和16年に出した本に『転換期の基督教』(畝傍書房)がある。その中に、「今や近世文明が亡んで、新しき中世紀が出現せんとしつつある時に当り、其の新しき中世紀の魂となるべき新しき宗教、新しき基督教の方向を示している人は、弁証法神学の代表者達、その中でも特に大立者のカール・バルトだと云ってよいと思う。」(2頁)とある。ここに「新しき中世紀」という言葉が使われている。この言葉は、ベルジャエフも使っていたし、当時としては珍しくなかったのであろう。しかし、どちらかというと、カトリックの思想家が使いたがる言葉ではないか。歴史的中世というのはカトリック信仰の時代だったのだから。バルトは当然カトリックに批判的であり、自分の神学運動が新しき中世に向かうべきものと考えたであろうか。バルトに、そんな言及があるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月27日 (火)

孤独

もし、神を知らないのであれば、孤独は地獄の経験であろう。
しかし、神を知っているのであれば、
孤独には天国の味わいがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

20世紀の回顧

20世紀という時代は、どんな時代であったのだろうか。
いろいろな時代区分があるだろうと思う。
1930年、内村鑑三が亡くなった.その翌年、満州事変が起きて、日本は15年戦争に入った。1930年という年は、一つの変わり目であったのではないだろうか。
1960年に、賀川豊彦が死んだ。それまでは、世界の、そして日本のキリスト教も上げ潮であった。しかし、60年代に、混乱が起きた。その混乱とは、もちろん、価値観の混乱であった。それだけ深刻な混乱であった。
内村の死から賀川の死まで30年。では、賀川の死から30年後の1990年、その年に何かあったのただろうか。
科学技術的な環境では、インターネットの登場であろう。新しい時代は、世界的な環境が身近に実感できる時代である。第二バチカン公会議も、その理念、理想をうたったが、実現のためには、この技術革新の世が必要とされるのだろう。第二バチカンは、第三バチカンを予想している。この流れの中では三つの公会議が求められている。
時代は、新しく、総合・統合の時代を迎えているのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

信仰の背景

信仰の背景を考えるために、こんな言葉を選びました。

大疑現前
大死一番
身心脱落
脱落身心

大疑というのは、理性の対象に対する疑問ではありません。それは理性自身に向けられた疑問です。だから、実存という背景を持っています。余裕のない疑問です。地獄に落ちるような恐怖・不安を伴っています。おぼれる者は藁をもつかむといった状況の中での疑問です。だから、ある意味では選択の余地などない、そんな状況が続いています。そういう中で、自由意志などあるだろうかと言えば、確かにないかも知れません。これが信仰の背景と思います。そして、大死という主体の死がきます。それは即、復活に結びつくというわけです。信仰の背景は、主体が安全で、余裕があり、科学的な目を持つことができる、そんな状況で可能なのではありません。しかし、それでも、藁をつかむ意志が必要と思います。助け舟に乗るのは、その人の自由であろうと思います。人には自殺を選択することもできるのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月26日 (月)

預言者たちの群れ

旧約時代、特別に選ばれた人たちが神の霊を受けて預言者となった。しかし、今、新約の時代、普通の人たちが同じ霊を受ける。彼らは預言者とは呼ばれないが、共通したものがあるだろう。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、」(使徒言行録2-17)。かつての預言者、祭司たちの働きは、いま、一般信徒にまでおりているのではないか。万人祭司、万人預言者、信徒使徒職などなど、歴史は、無名の一人ひとりを大切にする民主的な世界を目指している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月25日 (日)

人間の自由

再度、対話を試みます。

>自由な決断とは恣意や外的強制を排除し、内的な普遍的原理に従うことであります。されど、この内的な普遍的原理とは、信仰者にとっては神の予定であるはずですが、この点何の答えも示されておりません。もし神の予定ではなく、たとえば論理だとすれば哲学者ですし、数理・法則だとすればそれは科学者です。

内的な普遍的原理と言われると、カントを思い出しますが、人は罪のために、それに従うことができないというのが、聖書の教えと思います。「善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がない」(ローマ7・18)。要するに、内的な普遍的原理に従うことは無理だと言っているのではないでしょうか。

>> 自由の意味は、私にとっては選択の自由

>この管理人様のご意見そのものは恣意ですか?それとも普遍的原理ですか?前者であれば話になりませんし、後者であれば何か理由を示していただきたいです。

人間の定義は、ギリシャの哲学者によれば「理性的動物」ということでした。理性的というところが特徴的ですが、同時に、その中に自由な選択ができるということも人間の本性として含まれているのではないでしょうか。このような本性は罪によっても、なくなりません。罪によって失われたものもありますが、人間である限り、罪によってもなくならないものがあると思います。そこに理性と自由な選択能力があると思います。この場合、自由な選択能力は恣意に近いものかも知れません。しかし、選択は必ず善を目的としています。恣意もまた、善を得ようとしているのではないでしょうか。

>なお、自由意志がなくなれば機械になるということですが、罪人(非キリスト者)がいないとされる“神の国”では、文字通り神の神秘物である神の機械がいると思うのですが・・・キリスト者にとって自由意志がある限りエデンには帰れないと思いますし、アダムとイブが犯した過ちを繰り返す必要があるのでしょうか?

神は人を創造した時、機械として造ったのではないと思います。神は人に選択の自由を与えたと考えなければ、罪を犯して楽園追放されたという創世記は読めません。選択の自由がなければ、罪は、そもそもありえません。そして、それが人間の本質であれば、回復された人間もまた、その本質を失うことはないと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

大審問官物語

大学紛争のころ、ドストエフスキーが、よく読まれた。「カラマーゾフの兄弟」の中に、大審問官物語があり、キリストが現れる。これは彼のローマ教会批判なのかも知れない。当時、ドストエフスキーがローマ教会に批判的とは知らなかったが、その後、この立場を知った。その目で、再度、読めば、また教えられるところがあるかも知れない。しかし、小説は虚構であることは、ここでも真実である。大審問官は教皇の権威に属する役人であろうが、キリストが再び来る時には、教皇はキリストに権威の座を明け渡すであろう。考えれば、現在の国家の中で、その終末を明確にしているのはバチカンくらいのものであろう。16世紀、ルターは教皇に反対したが、その彼の共同体はなくならなかった。宗教が見える組織を必要とすることを思うと、「ペテロの後継者としての教皇」という説明には、それなりの説得力があるであろう。しかし、キリストが再び来る時、教皇の時代は終わるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中世主義者

中世主義者とは、信仰と理性の関係を対立・敵対関係としてとらえない人間のことである。歴史的中世は、理性が信仰に勝ちすぎた嫌いがあるかも知れない。しかし、信仰は狂信と、常に紙一重である。信仰を狂信から守るには理性に訴える以外にない。そう思えば、理性の故郷であるギリシャにも、またふさわしい共鳴の目を向けることができるかも知れない。人間を問う問いは、普遍的であり、地域に縛られるものではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

決定と自由

「神聖な瞬間」にコメントをいただきました。
>人の承認がなければ、神の救いの実現がないということであれば、神の全知全能さと無縁になると思うのですが、それとも承認すらも神の救いの上であれば、結局は強制されていると思うのですが、違うのでしょうか。
カルビン主義の予定論の中で、このような議論が起きています。しかし、そこでも、予定された者は必ず信仰という道を通って、救いを得るというのです。信仰という道をたどるためには、その人の承認が必要であり、それは自由な決断です。だから、予定論の主張と信仰の必要の主張とは矛盾しないのです。
それから、自由の意味は、私にとっては選択の自由という意味です。これが人間にあるために、人は罪を犯した。そして、その解決を探さねばならなくなった。しかし、そのような自由意志がなくなれば、人間は機械になります。人間は機械ではないという理由が、自由意志があるという、ただその一点だと思います。
神やブッダは究極者と思います。その究極者との関連づけで、そのものの価値が確定していくとすれば、そのような究極者と無関係のところでは価値づけができないのではないかと思います。諸宗教や、諸思想との比較では、誤解もあると思いますが、有意義な対話もあるでしょう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

無教会の完成

内村鑑三は、無教会の完成はキリストの再臨であるといった。再臨の時、当然、バチカンという国はなくなるであろう。主権は一番弟子のペテロから先生のイエスに移るであろう。従って、その時には、16世紀の宗教改革の対立もなくなり、教会一致も、その望みを実現するであろう。見える教会の壁がなくなり、「無教会」となるであろう。本来、無教会の主張は、教派主義への抗議であったと思う。その意味では、何の異論もない言葉なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月24日 (土)

神聖な瞬間

「強制的宗教」にコメントをいただきました。ご質問、ありがとうございます。質問の内容は省略します。
論点は、キリスト教の歴史で見れば、救いの条件は、神の予定か、人の自由意志か、ということかと思います。改革派の神学(主にカルビンの神学)では、神の予定が強調されています。私も、以前、一時期、この教会に属していたことがあります。神の予定を否定するつもりはありません。しかし、予定されて、救われる人の側では、何も起きないかといえば、自分の意志による神の救いのプレゼントの承認という決断があると思います。メソジスト教会(ウェスレーが創始者)は、人の意志に働きかけて、救いの体験を強調しています。この両者は、プロテスタント教会の二つの大きな潮流であり、かつて論争をしてきました。それを、ここで紹介するつもりはありません。ただ、内村の信仰に関しては、彼が「実験」という言葉で言いたかったことは、どちらかと言えば、後者であり、内村が極端な予定信者であったは思いません。
心身ではなくて、身心です。訂正します。道元の言葉です。実存転換も、風景転換も、私の造語です。実存転換は、キリスト教用語で言えば、新生とか再生の瞬間のこと、風景転換とは、その主体によって見える景色のことです。身心脱落も、色即是空も仏教語ですが、その逆の言葉と共に味わうべきと思います。またキリスト教と比較すると、よく理解できる場合があると思います。西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一という立場も、言ってみれば、人の立場ではなくて、神の立場なのでしょうが、それは、実存転換の原点からの洞察によって人に知られるものと思います。キェルケゴールは瞬間といいますし、カイロスという言葉もあります。永遠が時間と触れ合う、突入する、そんな神聖な瞬間があると思います。キリスト教の伝道というのは、この瞬間を伝えることでしょう。内村の言葉に、いつも励まされるのは、この瞬間に人々の関心を集めようとしていた、それが彼にとっての伝道であった、その点にあると思われます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

聖霊の体験

聖霊は人間の体験の中に現れてくる神である。人間の体験というものは、人間の可能性の範囲内にあると考えられている。しかし、聖霊の体験は、人間の可能性の彼方からやってくる。それまでの体験の主体である己の死が、聖霊の体験の前提であることを意味している。その場合の死とは、神に逆らって立つ主体の放棄を意味している。聖霊が来る時、それは人間に影響を及ぼし、その認識が可能であるという意味で、あえて、体験という言葉を使う。そこでは、人間は完全の受動的である外ない。祈りと信仰が神の働きに何らかの能動的意味を持つといっても、それは神の自由な活動を縛るものではない。主体は神の側にある。われわれは神を知らないのだが、イエスを通して、聖霊がわれわれの心の来る時、神を体験の中で知るのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月23日 (金)

洗礼

一般的には洗礼をバプテスマという。その場合の洗礼は滴礼である。牧師、あるいは神父が信徒になろうとする人の頭に水をたらす形で行われている。しかし、滴礼はバプテスマではないという主張をしている人たちがいる。バプテスト教会の人たちである。彼らは浸礼こそがバプテスマであるという。全身を水にしずめる形で行われている。この教会には、自覚的な救いの体験(新生という)の強調があり、私は個人的には共感を覚えるものである。しかし、浸礼もまた、一つの形式、儀式ではないのか。その形式と新生体験が一つであり、その形式の行われる時刻に体験もまた生まれるという主張はしていないと思われる。であれば、浸礼という形式に、それほど固執する必要があるのだろうか。洗礼によって生ずることは、見える教会の会員となるということである。しかし、大切なことは、見えない教会の会員となることであり、それを生み出すのは神の霊である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

強制的宗教

信仰を強制する宗教を、私は余り好まない。もちろん、伝道とか布教を否定するつもりはない。それらは宗教活動の核心でもあるからだ。救世軍というキリスト教の一つの教派がある。伝道熱心で、何度も勧誘し、あきらめない。しかし、相手の自由意志を否定して、信仰に入れることはしない。なぜなら、信仰とは自由意志を条件とするからである。自由意志をもたない信仰であれば、そこに救いが及ぶとは思われない。カトリックでは、幼児洗礼というものがある。本人の自由意志を超えたところでの、入信の儀式である。それで本人は信者になったつもりかも知れないし、周囲も、そうみなすかも知れない。しかし、本人が自覚的に救いの体験をするまでは、やがて、この着物を着ていることの矛盾を感じ続けるのではないだろうか。自覚的な救いの体験は、他人の強制で入信することで得られるものではない。その意味では、自覚的な救いの体験は、入信の儀式よりも重要である。私は、無教会の内村ほどに洗礼を無用と思わないが、水の洗礼よりも、霊の洗礼を重視する点では、内村と同じである。現在、宗教は多い。悩む人は、宗教の選択をすることができる。自由意志によって宗教(宗派)を選択する人は、自由意志によってその宗教(宗派)を放棄する。そんな現象もある。しかし、真実の信仰が現れて、真実の救いが体験された時、それは、その人のうちで持続していくのである。改革派教会の信仰の中には、一度救われた魂を神は見捨てない、という確信があるという。教派は、できたら変えたくない。しかし、変えざるを得ない場合もある。しかし、生涯の、ある時点から始まった自覚的な神との交わりは、その後、いつまでも続くのである。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月21日 (水)

動物の慰霊

死んだ亀の慰霊を行うということで、神主の姿がテレビで紹介されていた。亀に霊があるのだろうか。亀にもまた、天国と地獄があるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月20日 (火)

お祭り

秋、神社のお祭りがある。おみこしを担ぐ人たちがいる。風景としては、いいのだが、これは何を意味しているのだろうか。担ぐ人たちは、それを知っているのだろうか。私は知らない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月19日 (月)

自分探し

自分探しとは、自分の歴史を知ることであり、同時に、自分の歴史を選択することでもある。自分の歴史とは、自分の過去、家族の過去であり、選択される歴史とは、所属する団体の歴史である。前者は変えられないが、後者は変えることができる。その選択の中で、自分のアイデンティティを確立していくこと、それが自分探しの目的なのだ。所属する団体の中で、自分の価値観、世界観、人生観を問い、確立していかねばならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

武士道に接木されたキリスト教

内村鑑三は「武士道に接木されたキリスト教」を提唱した。これは一つのアイディアである。しかし、歴史的には、キリスト教はユダヤ教に接木されたものではないか。新約聖書にも、その事実の言及がある。中世キリスト教は、ギリシャ思想に接木されたキリスト教と見ることも出来るが、それは表層的な見方で、やはりユダヤ教への接木なのである。武士道にもギリシャ思想にも命がないから、接木されないのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピューリタンの遺産

ピューリタンの遺産として、大いなるものは「回心体験」と「信仰日記」である。この二つに関しては、大いに復興を期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

故遠藤周作氏の功績

プロテスタントの時、遠藤周作氏の小説は余り読まなかった。批判の先入観があった。カトリックになって、読み始めた。面白かった。彼には、小説以外にも、神を求めた対談の本がある。それは貴重な試みと思う。小説家が、このような試みを公刊していけば、大きな影響があると思う。遠藤氏は、その面でも覚えられていい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

全知全能

時々、政治家が一生懸命に取り組むという意味のことを、「全知全能を尽くして」と表現する。違和感を覚えた。全知全能は神にのみふさわしいのに、人間がどうして全知全能なのか。ラジオで放送大学の講義を聞いていたら、人間の存在の根拠が見つからないという西洋思想の考え方を紹介していた。確かに、なぜ、生まれたのか、生きているのか、突き詰めれば分からない。災害に出合って、被害をこうむった時、なぜ、と問うても、答えが見つからない。どうして、罪のない人が、こんな目に遭うのか、という問いには、罪と罰という因果関係への思いが前提にあるのだろう。しかし、神は全知である。人間以外の場合には、被造物に自由意思がないのだから、神はすべて知っているといってもいいかも知れない。しかし、人間の自由意思は、神の知でも、ある意味では及ばない領域である。しかし、だからと言って、神の全知が及ばない領域を認めるわれにはいかない。そこで、予知という言葉が出てくる。人間の自由意思にもかかわらず、神は全知である、それを言いたいために、予知という言葉が使われるのであろう。神は全知であれば、災害も不幸も神は知っているのだ。そして、それを許したのだ。人は、なぜ、と自問自答する。答えはない。それは人間の側においてである。神の側には、もちろん答えはある。ただ、人は、それを知らないだけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月18日 (日)

歌手二人

NHKのラジオ深夜便は聞くたびに何か教えられる番組であり、格調の高さを感じている。雑誌『ラジオ深夜便』(10月号)を購入した。「今月のエッセー」で、漫画家・砂川しげひささんが、好きな歌手として菅原都々子と灰田勝彦を挙げている。私も、この二人を挙げることにしているが、同じ思いの人が他にいることに驚いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宗教の改革

日本の仏教が、釈迦に由来しつつも、それら厳しくとらわれず、自由に発展してきたのは、その仏教が大乗仏教であったためであろう。というのは、小乗仏教こそ、本来の仏教ではないかという疑問があるからである。小乗仏教は、インド、釈迦に厳しくとらわれつつ、そこでは、その原点が、他の地域・民族を「支配」する関係にあるのだろう。大乗仏教は、それらを超えた普遍性の探求で、他の地域・民族をも巻き込んでいったのであろう。大乗仏教は、仏教における宗教改革のようなものだ。キリスト教にも宗教改革の時があった。プロテスタントが生まれた。しかし、仏教の宗教改革とキリスト教の宗教改革は違う。仏教の場合には、再び小乗仏教の勢力が盛り返して、大乗仏教との対話の時代が来るとは思われない。しかし、キリスト教の場合には、それがあるのである。仏教の場合には、歴史は小乗から大乗に移っていったと思われる。しかし、キリスト教の場合には、古い教会が新しい教会にとってかわるということはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

社会改革の根拠

被造物を存在者という。存在者は神への一里塚。神を存在というが、神は被造物ではないから、その意味では存在ではない。存在を無限に超越している、「あるもの」と言おうか。存在は、他の存在を規制する力を持っている。その規制力を絶対化する時、その人は偶像崇拝に陥るのである。神は、存在というよりも、存在の根拠であり、存在を存在たらしめると共に、自らは、限りなく存在を超越するもの、その意味で、実存的要素も含むものだ。ここに社会改革の根拠がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぶどう園のたとえ

聖書・マタイによる福音書20章に、ぶどう園のたとえがある。9月18日の日曜日、教会で司祭が、この部分をテキストにして説教した。私は二個所、注目していたが、説教ではどちらも触れなかった。一つは、「最初に雇われた人たち」はユダヤ人、「最後に来た者」は異邦人であろう、ということ。二つめは、報酬の1デナリオンは、永遠の生命を意味しているのではないか、ということ。聖書は、解釈されなければならない書物である。その解釈によって、論争を呼び、国が倒れ、新しい国が生まれる、そんな書物である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月17日 (土)

学問の伝統

学問の故郷として古代ギリシャを認めることは、知らず知らずに西洋の伝統の中に参入していることになるのではないか。しかし、学問とは、本来は西洋・東洋の区別を超えたものであろう。私が大学を選ぼうとした時、上智には哲学科があったが、早稲田は西洋哲学と東洋哲学に区別していた。ICUには人文学科という名前があった。哲学には東洋も西洋もないのではないか、と思った。その点では、上智に共感を覚えたのだが、そこでの哲学は大学の由来からしてドイツ哲学が主であった。思えば、それは西洋哲学の一つの潮流に過ぎない。普遍的なものと個別的なものが、歴史では交錯している。西洋とは、ユダヤ人とギリシャ人、それにローマ人によって形成されてきたようなものだ。少なくとも中世までは、そうであった。聖書のおかげで、ユダヤ人の歴史は、日本では身近に感じることができる。しかし、ギリシャ人に、どれほどの人が親近感を感じるであろうか。このギリシャ人の思想が分からないでは、中世思想は分からない。そこが、16世紀の宗教改革の問いであったであろうし、現在の問いでもある。追い詰められた実存意識は、その危機意識のないところで行われる学問とは異質なものを志向するであろう。ルターの問題意識も分からないではない。しかし、学問の原点は、それでも古代ギリシャであろう。それを下敷きにしないところでは、そもそも神学というものも成り立たないのではないか。日本に、どんな価値があるのか知らない。しかし、日本が価値あるものとなるには、やはり普遍的なものを志向する以外にないだろう。その中で、日本の個別的なものが輝くに違いない。だから、「日本よ、神を求めよ!」と言いたい。なぜなら、神とは普遍的なものの代名詞でもあるからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の仏教

日本の仏教はすべて、一人のインド人の生涯と思想に由来している。そういう意味では、日本は絶大な、インドの影響下にあるといえる。しかし、今の日本人にインドへの関心が、どれほどあるだろうか。現在のインドから宗教・道徳に関して学ぶことを考えている日本人はいないだろう。仏教を学び、伝えることで、インド文明の支配下にあり、その文明の宣伝をしていると考える日本人はいないと思う。由来がユダヤ人であろうと、ギリシャ人であろうと、そこに普遍的要素があれば、他の地域に伝わり、土着するだろう。大切なことは外来のものを自分たちのものにするには、どうすればいいかである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月15日 (木)

古代ギリシャへの想い

古代ギリシャは西洋学問の原点であり、源泉である。であれば、ギリシャ文明がヘブライ文明と接触したのは、文明の意味に含まれる普遍性の要求からして、当然であったのではないか。ヘブライに真理があれば、その真理をギリシャが表現している。ギリシャは表現の手段だ。ただ、中世の悲劇は、その総合が、人間の実存意識から遠くにあると見られ、誤解を生みやすいところにあった。宗教は常に、人の実存意識に訴えるものでなければならないからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月14日 (水)

第二バチカンの完成

第二次世界大戦の総括の中で生まれたのが、一つは国連である。それは戦争抑止が大目的で、人類に将来、目指すべき積極的目標を掲げてはいない。もう一つは第二バチカン公会議であった。この会議の意義は、キリスト教の影響の大きくない日本では、余り知られていない。しかし、これは、ある意味では、近世・近代の終焉のスタートであった。この潮流はヨハネス23世が始め、パウロ6世、ヨハネ・パウロ1世、ヨハネ・パウロ2世と続いてきた。そして、ヨハネ・パウロ2世が、その会議の始めたものを完成したのではないだろうか。現在の教皇は、これまでの4人の教皇とは違う歴史を開くのではないだろうか。それは、第二バチカンを、教会史全体の中で反省し、その中にふさわしい形で位置づける、そんな使命を担っているのではないか。前任者同様に、第二バチカンの始めたものを追求していくのみではなく、その目標を考え、そもそも、第二バチカンのねらったものが何であったかを長い教会史の中で考え、これからの世界と人類に目指すべき目標を提起する、そんな事業が期待されているのではないか。第二バチカンの事業は、ヨハネ・パウロ2世の時代で、一応の区切りをつけたのではないか。第二バチカンが、先の大戦の反省の上に立ち、その射程が、近世の原理にまで及んでいる時、第二バチカン後という一時期のもつ意義を明確にすることが、新たに始まった、この時代のカトリック教会に課せられている仕事ではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中世への疑問

中世は、哲学と神学との総合、ギリシャとヘブライとの総合であった。そこでは、純粋な神学、純粋なキリスト教が犠牲にされていた。だから、その総合の分離が重要で、その試みの中で生まれたのが近世であった。その試みの中にルターもおり、プロテスタントもある。大学時代、私は、そんな疑問を若いカトリック哲学講師にぶつけたことがあった。プロテスタントの大義を語ったつもりだが、その講師は、それを否定した。それ以上、説明はしなかった。しかし、その疑問には、中世哲学の世界的碩学が既に答えているのである。エチエンヌ・ジルソンである。大学時代に、ジルソンを読んでいれば、私の人生は、もう少しましなものになったかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第三バチカン公会議

新しいローマ教皇が誕生して、第三バチカン公会議の準備が始まるのではないかと思う。新教皇は教義学の専門家である。第二バチカン公会議の始めたものの総括への着想が出てもよいと、私は思う。その中で最大のテーマはエキュメニズムであったと思う。この試みは、どこへ行くのであろうか。ゴールは、どこなのか、そして、今、そのゴールが明確に意識されているのか。第二バチカン公会議は、カトリック教会にとっては、ある意味で革命的会議であった。それは中世の批判で始まったプロテスタントに近い立場をとったからである。しかし、そのゴールは「新しき中世」なのであって、近世の原理の追認ではないと思う。新教皇は、そのへんはよく熟知されているであろう。カトリック教会が、新教皇と共に「新しき中世」を志向することを期待してもいいのではないかと思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月13日 (火)

転職の利益

転職は一般的には不利である。できれば避けたい。しかし、転職の利益もある。それは死に方にかかわる。転職は一種の死である。私は、最近、2回の転職で、それを思った。一回目は突然の退職である。その日の太陽が隠れるまで、私は退職を考えていなかった。しかし、上司との会話の中で、突然、退職を決意した。上司は、その日の日付での退職を許可した。これなどは、交通事故に遭遇したようなものである。もう一つの退職は、少し時間がかかった。7月10日に、その年の10月10日付での退職を決めた。この方は、がんで死ぬようなものだ。ホスピスでの生活を考えた。退職は苦痛ではなく、苦痛からの解放であった。ホスピスでの生活も、苦痛からの解放であれば、死もまた、幸いなことではないだろうか。人は生まれ、生き、そして死ぬ。就職、転職の中で、それを想う。死ぬことを目的にして、生まれる人はいない。退社を目的にして、入社する人はいない。しかし、死ぬことも、退社も、その彼方に解放を待ち望んでいるのであれば、必ずしも災いとは限らないのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

機械的対応

人間関係の中では、相手に精神的疲労を与えない配慮が必要である。そのためには、当方で、ある程度、機械的対応をしなければならない。合理的対応と言ってもいい。相手に、容易に、そして正確に理解してもらえるような対応をしようということである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月11日 (日)

中世へのまなざし

なぜ中世を見るのか。それは、キリスト教哲学の可能性を信じ、その再建を願うからである。中世は、ギリシャとヘブライの思想と信仰の綜合であった。自然と超自然との関係が問われ、その調停と綜合が企画された。それがキリスト教哲学であった。もちろん、この立場は近世の信仰によっては否定されるかも知れない。その否定に真理の一面を認めつつ、さらに広い視点を中世思想は提供するであろう。「中世思想の研究は、われわれを助けて、キリスト教哲学の概念を復興させ、その必要があれば、それをうち立てさせることによって、われわれを助けて、おそらく歴史の大きな空所を埋めさせると同時に、そのおのおのが真理の一面を説く、もろもろの哲学的立場を調停させるのである」(「中世哲学の精神」下、筑摩書房、E・ジルソン著、服部栄次郎訳、211-212頁)と、ジルソンはいう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

無教会

無教会の将来を危惧する人がいる。無教会の中にいる。これは何を意味するのだろうか。それに答えるには、無教会の存在の意味を知る必要がある。武士道の鼓吹、日本精神の見直しなど、国家主義、国粋主義を助長する一面があるかも知れない。もちろん、創始者には、それらが常に神との関係で捉えられていたので、その危惧はなかったのだが、信仰の契機をなくせば、あの太平洋戦争に突入した精神構造との類似はありそうだ。一方で、無教会の意味は、教派主義への批判として捉えることもできる。私は、主に、そのように捉えている。従って、教派が存在する限り、無教会は存在の意味があるのだ。無教会の存在の危惧というものは、では教派主義の解消が世界的にあるというのだろうか。確かに、そんな融和ムードはある。しかし、教派がある以上、教派主義はある。教派解消の原理を提起し、教会が、その原理を採用するなど、「目に見える一致」に向けて前進しなければならない。これに反対の教派も、あるのである。かつて、内村は、パーメリーという女性宣教師と対立・論争した。無教会も教派ではないかと、その女性は主張した。内村は反論した。このへんに、無教会の存在理由の原点があると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 9日 (金)

出世主義バイバイ

出世主義の人の価値観は一方向に限定されている。前進、上昇あるのみ。それはそれでいいかも知れないが、時に隣人を傷つけることなくして、その立場を維持することは出来ない。別の人生観もある。チームワークの視点である。一人の人が退き、別の人がその地位に登る。退く人に罪意識はなく、また敗北感もない。ただ、社会的権威・身分、そんなものにとらわれている人間だけが退くことに敗北を感じるかも知れない。被造世界に関しては諸行無常が真理であり、人は常在の神と共にあれば、この無常の世を楽しく過ごすことが出来るのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 7日 (水)

迷信

カトリック教会は、歴史的にはそれと対立的な関係にあるプロテスタント教会に比較して、迷信的なもの、偶像崇拝的なものに寛容であるという印象を持たれている。それはなぜなのだろうか。それは自然本性的なものに対する尊重から来ているように思う。人間の自然本性は罪のために汚れている、その汚れを中心にして見るか、それとも、その汚れと同時に本来の自然本性のあり方にも注目するか、その視点の違いがあるように思う。罪の支配下にある自然本性は迷信の温床である。そして、その場合、自然本性それのみでは十分ではないことを中世の人たちは知っていた。しかし、自然本性が失われれば、人間の救いの課題もなくなるのである。迷信は正しい理解への一里塚であるが、迷信を固定化し、それにとどまるのは、正しいカトリック信仰ではないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宗教団体への要望

人は宗教団体とは終生の付き合いをしなければならない。自覚的信徒にとって、それは濃密な付き合いである。その時、信徒は所属宗教団体に意向にそった生活を求められるが、同時に、宗教団体にも、信徒の生活を制約しているという責任が生じるものである。この信徒の生活を、どう制約しているかという問題は、その宗教の宣伝・宣教にも関係してくる。宣教によって新たに信徒が生まれる。彼らは、その宗教団体に加入して信仰生活を送るのである。その時、信徒への窮屈な生活を要求するのであれば、既に信徒となっている者たちは宣教の動機を十分に形成できないであろう。現代は、宗教を選ぶことの出来る時代である。終生の付き合いの相手を選ぶ時には、慎重でありたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

台風一過

台風一過、大気は澄んでいる。災害をもたらす台風ではあるが、過ぎ去ったあとはすがすがしい。今、政界に小泉台風が荒れ狂っている。その災いを受けた人たちもいるが、やがてすがすがしい明日が来るだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 6日 (火)

改宗者の居直り

私はプロテスタントからカトリックへの改宗者である。普通は、歴史に逆行とか、信じられないとか、信仰を捨てたとか、奇異の目で見られる方向転換ではないだろうか。しかし、その動機によって、あえて居直ることが許されているかも知れないと思うようになった。岩下壮一という名の神父がいた。その人の信仰と思想は書物の中に残っている。その岩下神父に負けたのだと言えば、動機としては立派なものだろうと思う。改宗の動機としては、どこに出しても恥ずかしくないものだと思う。しかし、今、カトリック教会の中でも、第二バチカン以前の人である岩下神父を知る人は少なくなっている。そんなことで、私は、ますます理解されない人間になっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 5日 (月)

人間の偉大さ

人間の偉大さというものは、その人が常日頃、何を見つめているかという一点にかかっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人生の目的

人生の最高の目的とは、神を知り、神を伝えることである。神を知るには神を訪ねなければならない。神はどこにいるのか。神は、三次元に存在するのではないから、三次元の存在者に限定されているわれわれの認識においては、われわれは直接、神を知ることはできない。三次元の存在者から抽象作業を通して、神を知るのであろう。その神を再び、三次元の中に現すこと、その表現が、神を伝えることである。
さて、その神を訪ねる時、われわれは、神の正義に抹殺されないために、眼鏡を必要とする。その眼鏡が信仰なのであろう。従って、表現されたものも、それ自身、栄光そのものではなくして、誰でも接することのできる、たわいないものでなくてはならぬ。しかし、信仰の眼鏡を持つ者にとっては、それは栄光に輝いているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 4日 (日)

信仰義認

「信仰義認はルターの教理だけれど、それは遡ればアウグスチヌスにあり、パウロにもある。だから、聖書の正統教理とも言える」。そう、某牧師は言った。確かに。しかし、そのアウグスチヌスはペラギウス論争の彼であり、彼には、別にドナティスト論争での一面もある。アウグスチヌスをペラギウス論争の中でのみ見るのか、それとも、二つの論争の調和の中で見るのか、そこに近世と中世の原点があるのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

捨てる

数年前、ある新書判の出版物を契機に、「捨てる」ことに関心が集まったことがあった。「捨てる」ことは、生活をする上での盲点であったのかも知れぬ。しかし、よく考えれば、正しく捨てていかねば、われわれはゴミに囲まれた生活をすることになる。既に、そうなっているかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛の三態

エロース、フィリア、アガペが愛の三態である。奪う愛、友愛、与える愛である。イエスは「人を愛せよ」と言われたが、その愛は、どの愛なのだろうか。奪う愛ではないだろう。友愛は、何も戒めである必要はない。だから、与える愛なのだろう。しかし、人は生まれながらにして、この愛を持ってはいない。だから、戒めなのだ。「人を愛すべし」と簡単に言うが、これは自然人にとっては不可能のことである。ここまで、考えて、この言葉を聴いているだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中世の二義性

歴史的中世は常に歴史的近世の前に屈せざるを得ないのは、中世より近世の方が、歴史的には常に「かの日」により近いからである。しかし、形而上的中世は、常に新しい。それは神と人との分裂を、その本質とする近世を終わらせ、新しい経験の地平を人類の前に提示するからである。その形而上的中世は内容的には一貫したものであるが、その核心はアウグスチヌスからトマスに至る上昇線を貫いているものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 3日 (土)

生活の中に

日常生活の中にリズムを取り入れよう。日常生活の中に修行を取り入れよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 1日 (木)

思考の吟味

人間が善良になる道、自分の思いを遂げる道は一つしかない。それは、自分の思考の吟味である。自分の思いを徹底的に検証すること、それが唯一の手段である。その訓練が哲学の目的でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中世再考

中世再考の真意は、思考の中心に神をすえよ、ということである。近世は人間中心の世紀であったが、中世は神中心の世紀であった、とおおまかに言えそうである。その神中心の世紀に戻そうという企画である。神中心ということは、人間がおろそかにされるということを意味しない。逆である。神中心的思考の中でこそ、人間は真実に生きるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »