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2005年9月14日 (水)

第二バチカンの完成

第二次世界大戦の総括の中で生まれたのが、一つは国連である。それは戦争抑止が大目的で、人類に将来、目指すべき積極的目標を掲げてはいない。もう一つは第二バチカン公会議であった。この会議の意義は、キリスト教の影響の大きくない日本では、余り知られていない。しかし、これは、ある意味では、近世・近代の終焉のスタートであった。この潮流はヨハネス23世が始め、パウロ6世、ヨハネ・パウロ1世、ヨハネ・パウロ2世と続いてきた。そして、ヨハネ・パウロ2世が、その会議の始めたものを完成したのではないだろうか。現在の教皇は、これまでの4人の教皇とは違う歴史を開くのではないだろうか。それは、第二バチカンを、教会史全体の中で反省し、その中にふさわしい形で位置づける、そんな使命を担っているのではないか。前任者同様に、第二バチカンの始めたものを追求していくのみではなく、その目標を考え、そもそも、第二バチカンのねらったものが何であったかを長い教会史の中で考え、これからの世界と人類に目指すべき目標を提起する、そんな事業が期待されているのではないか。第二バチカンの事業は、ヨハネ・パウロ2世の時代で、一応の区切りをつけたのではないか。第二バチカンが、先の大戦の反省の上に立ち、その射程が、近世の原理にまで及んでいる時、第二バチカン後という一時期のもつ意義を明確にすることが、新たに始まった、この時代のカトリック教会に課せられている仕事ではないのか。

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