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2005年9月14日 (水)

中世への疑問

中世は、哲学と神学との総合、ギリシャとヘブライとの総合であった。そこでは、純粋な神学、純粋なキリスト教が犠牲にされていた。だから、その総合の分離が重要で、その試みの中で生まれたのが近世であった。その試みの中にルターもおり、プロテスタントもある。大学時代、私は、そんな疑問を若いカトリック哲学講師にぶつけたことがあった。プロテスタントの大義を語ったつもりだが、その講師は、それを否定した。それ以上、説明はしなかった。しかし、その疑問には、中世哲学の世界的碩学が既に答えているのである。エチエンヌ・ジルソンである。大学時代に、ジルソンを読んでいれば、私の人生は、もう少しましなものになったかも知れない。

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