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2005年9月17日 (土)

学問の伝統

学問の故郷として古代ギリシャを認めることは、知らず知らずに西洋の伝統の中に参入していることになるのではないか。しかし、学問とは、本来は西洋・東洋の区別を超えたものであろう。私が大学を選ぼうとした時、上智には哲学科があったが、早稲田は西洋哲学と東洋哲学に区別していた。ICUには人文学科という名前があった。哲学には東洋も西洋もないのではないか、と思った。その点では、上智に共感を覚えたのだが、そこでの哲学は大学の由来からしてドイツ哲学が主であった。思えば、それは西洋哲学の一つの潮流に過ぎない。普遍的なものと個別的なものが、歴史では交錯している。西洋とは、ユダヤ人とギリシャ人、それにローマ人によって形成されてきたようなものだ。少なくとも中世までは、そうであった。聖書のおかげで、ユダヤ人の歴史は、日本では身近に感じることができる。しかし、ギリシャ人に、どれほどの人が親近感を感じるであろうか。このギリシャ人の思想が分からないでは、中世思想は分からない。そこが、16世紀の宗教改革の問いであったであろうし、現在の問いでもある。追い詰められた実存意識は、その危機意識のないところで行われる学問とは異質なものを志向するであろう。ルターの問題意識も分からないではない。しかし、学問の原点は、それでも古代ギリシャであろう。それを下敷きにしないところでは、そもそも神学というものも成り立たないのではないか。日本に、どんな価値があるのか知らない。しかし、日本が価値あるものとなるには、やはり普遍的なものを志向する以外にないだろう。その中で、日本の個別的なものが輝くに違いない。だから、「日本よ、神を求めよ!」と言いたい。なぜなら、神とは普遍的なものの代名詞でもあるからだ。

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