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2005年9月30日 (金)

君子の条件

「君子危うきに近寄らず」という言葉がある。問題を逃げている、卑怯だ、という思いがあった。しかし、今は違う。水に流す、許すということの大切さを考えている。時に、神は許しているのに、人は許さない、ということがありうる。しかし、それでは悪循環が止まらないのである。イラク戦争にあたって、米国は日本の敗戦の例、戦後の社会の民主化を考えたかも知れないが、イラクの場合は全然違ってしまった。日本は米国を許したのだろうか、その戦争被害を水に流したのだろうか。しかし、イラクは敗戦後も、その憎しみを忘れなかった。今も、その憎しみによる悪循環は続いている。悪がなされた時、それは被害者を生む。被害者は復讐して、別の被害者を生む。神は許しているのに、人が許さない場合、その許さないという思いが、新しい悪の原因になる。そんな悪循環は最小限、裁くことで処理しなければならないが、そりのような裁きは神にまかせて、人は出来るだけ許し、そして水に流すことを選びたい。同時に、ここで君子危うきに近寄らず、の教えが現実逃避ではなく、君子に期待される美しい生き方の原則なのだということを知る。日本は、今も戦争の被害を語り継いでいる。しかし、米国は自由の名の下で、今も戦争を選んでいる。その日米が安保条約によって、緊密に結びついている。安保条約というものは、日米という絶対矛盾的自己同一の要なのかも知れない。

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