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2005年9月19日 (月)

全知全能

時々、政治家が一生懸命に取り組むという意味のことを、「全知全能を尽くして」と表現する。違和感を覚えた。全知全能は神にのみふさわしいのに、人間がどうして全知全能なのか。ラジオで放送大学の講義を聞いていたら、人間の存在の根拠が見つからないという西洋思想の考え方を紹介していた。確かに、なぜ、生まれたのか、生きているのか、突き詰めれば分からない。災害に出合って、被害をこうむった時、なぜ、と問うても、答えが見つからない。どうして、罪のない人が、こんな目に遭うのか、という問いには、罪と罰という因果関係への思いが前提にあるのだろう。しかし、神は全知である。人間以外の場合には、被造物に自由意思がないのだから、神はすべて知っているといってもいいかも知れない。しかし、人間の自由意思は、神の知でも、ある意味では及ばない領域である。しかし、だからと言って、神の全知が及ばない領域を認めるわれにはいかない。そこで、予知という言葉が出てくる。人間の自由意思にもかかわらず、神は全知である、それを言いたいために、予知という言葉が使われるのであろう。神は全知であれば、災害も不幸も神は知っているのだ。そして、それを許したのだ。人は、なぜ、と自問自答する。答えはない。それは人間の側においてである。神の側には、もちろん答えはある。ただ、人は、それを知らないだけだ。

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