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2005年10月31日 (月)

空海

私の実家の宗旨は真言宗であった。今、「ある」、とはなかなか言えない気分なのだが、「ある」と言ってもいいかも知れない。近くに川がある。そのほとりに寺がある。懐かしい先祖たちが眠っている。以前は、寺が豊かな自然で囲まれていて、よく遊んだものだ。そこに弘法大師の立像があった。今は自然もなくなり、寺も小さく全体が小規模になってしまったが、あの立像だけは存在している。
祖父母の名前は、千葉県・成田山新勝寺の正面右側の階段の一番下にある柱に刻まれている。何かの寄進をしたのかも知れない。小学校の5,6年の時の教師は、その後、真言宗の僧侶になった。
この仏教の一宗派とは、何かと関係があったのだが、これまで親しみといったものを感じることはなかった。親鸞とか日蓮とか、そちらの方の情報の方が圧倒的に多く、関心は、むしろそちらに向いていた。
弘法大師・空海とは何者であるのか、よくは知らなかった。しかし、司馬遼太郎さんの『空海の風景』を読んで、空海に親しみを感じるようになった。事実なのだろうかと思ったが、事実なのだろう。そして、空海につなげて、先祖たちにも親しみが広がっていくように感じた。司馬さんとは不思議な作家である。これまで、いろいろ読んできたが、どれも面白かった。

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愛の目的

hitomiさんのCD「LOVE LIFE」の中に、「Love me darling」という新曲がありますね。
その最後にある「I love you for my life 」という部分、最初、ちょっと違和感がありました。
なんで、「for my life」を言わないといけないのか。僕が君を愛するのは、自分のためなんだ、という意味でしょうが、どうして、「自分のため」なんて言うのかな。
愛というものは、そんなものじゃない、と、この部分に最初、打算を感じて、愛とは、自分のための手段なのか、そりゃ、おかしいな、と思いました。
しかし、実は、この部分だけ見ていては、分からないのかも知れないと思います。
そのずっと前に、「誰かを信じきって 自分を見失いそう それは どこか違っている」といういう個所があります。「どこか違っている」という部分に、いつも意識している「自分」を感じますが、それは言って見れば、ものすごい孤独な「自分」ですよね。
「愛する」と「信じる」とは、ちょっと違うけれど、まあ、自分より相手の比重が大きいという点や、その中で、「自分を見失うかも知れない」という点は似ています。それに対する、さめた目というか、抵抗の気持ちが「for my life」の意味かも知れないな、と思いました。
そう解釈すれば、納得しますけれど、それでも、「I love you」の後の「for my life 」は、一般的には、ない方がいいなあ、と思います。loveには打算なんか、ない方がいい。しかし、そこに私が「ある」というのは、それはそれでまたすごいことですね。

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近世の疑義

近世はルネサンスと、そのあとの宗教改革で始まった。特に宗教改革で中世のキリスト教共同体が決定的に崩壊した。そのキリスト教共同体の中心にはローマ・カトリック教会があった。そして、宗教改革の合言葉、あるいは旗印は「信仰義認」で、プロテスタント教会が生まれた。このへんは教科書に書いてあることである。

ところで、プロテスタント教会が「信仰義認」で抗議したということは、対抗するカトリック教会の立場は「信仰義認」ではまずいであろう。「行為義認」か、あるいは「信仰義認」と「行為義認」の混合形態か、ということになるだろう。しかし、近年、いや違うのだ。カトリック教会も「信仰義認」なのだということになった。

プロテスタント教会は、カトリック教会が、近世・近代を超えて、現代において、ようやく「信仰義認」にたどりついたと思っているかも知れないが、事実は、既に中世であっても「信仰義認」であったのだ。宗教改革のあとの公会議で、聖書と共に参照された中世の神学者の書物にも、「信仰義認」の立場が書かれていたのである。
であれば、近世が、教科書にあるような原因で生まれたのではないことになる。

近世・啓蒙期において、中世は「暗黒」と形容されたが、確かに近世には光があった。われわれの知る西洋の光は近世のものであろう。しかし、信仰義認の合意が出来たということは、近世が何かの間違いで生まれたということであろう。そして、それが分かってしまった以上、近世・近代はその使命を終えたのではないか。いくら、信仰義認を叫んでも、対抗するキリスト教共同体はない。

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2005年10月30日 (日)

ポストモダンの思想

僕が大学生のころ、第二バチカン公会議というものがあった。カトリック教会が方針を転換した画期的な会議であった。社会に開かれた教会づくりを目指し、また聖書重視などではプロテスタント教会の考え方に近づいていった。その中で、多くが達成されて、それ以前とは様変わりした面も多い。教会内部では中世至上主義といったようなものが崩壊していったのだろう。
昭和初期、プロテスタント主義と論戦したカトリック神父の業績も、いつしか顧みられなくなった。ある教授は、「今は対話の時代なので、第二バチカン以前の、あの神父さんは、どうも」と、敬遠する気分だった。第二バチカンは「初代教会歓迎、中世バイバイ」といったように受け止められていたようだ。この世界的・精神共同体は、第三バチカンを開くまでは、第二バチカンの方針で行かなくてはならないが、その間、世界の思想は大きく転換してしまった。
実は、あの神父さんの周辺の人たちの間で、「新しき中世」という言葉が語られていた。もちろん、戦前のことである。その時でさえ、古い中世に帰れ、という意味ではない。その時は、世俗社会は近代が活発に生きていたので、中世にも意味があったのかも知れないけれど。
さて、今、ソ連の解体を経て、新ミレニアムということで、「ポストモダン」といわれる。「近代後」だが、別の言葉では「新しき中世」なのではないか。世俗社会は、既に近世・近代を過去のものと考えている。その時、第二バチカン後ということで、近世・近代の世界に目を向け、対話を求めようとした姿勢にも、ある変化が必要ではないだろうか。対話の相手は変わってきているのではないか。

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信仰の利益

司馬遼太郎著『空海の風景』を読んで、信仰の利益について考えさせられた。親鸞は、『歎異抄』の中で、そのような発想を否定している。この点は、よく読まないといけない点であろう。弟子は師の回答に動揺したかも知れないが、師の言葉をそのまま受け取れないのではないかと、私などは思ってしまう。
さて、神仏を自分の地上的な利益のために「利用」するという発想は、どう考えても信仰の意図において純粋ではないと考えてしまう。一種の呪術だからだ。しかし、空海の考え方も、全く否定してしまうわけにはいかないだろう。無益なことに、人は動機が生まれないからである。
たとえば、キリスト教にも同じような発想がある。イエスは、まず「神を信ぜよ」と言ったあと、「だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。…なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう」(マタイ11章)と言われたという。これは地上的な事柄を指しているのであろう。
ここでは、救済に対する絶対他力信仰ではなくて、そのあとのことであろうが、信仰の応用が書かれている。しかし、自分の意思が、それほど威力があるとは、普通は思わない。だから、「疑わない」という条件が満たされていないということで、通常は結果は出てこないのであろう。
しかし、祈りは、自分の生活に跳ね返ってきてほしいものである。自分が傲慢にならず、応答が欲しいものである。その時、祈りは、私の意志ではあるが、それが、取り次ぎを通して、神の意思に成るということを考えればよいのではないか。神の意思であれば、成ることに不思議はない。逆に成らないことの方が不思議だ。それは自分の功績ではない。なぜなら、最初は自分の意思であったが、神の意思に成ったからである。祈りを通して、自分の意思を神の意思に転換する。その思いがあれば、その過程では呪術ではなくなるであろう。祈りは呪術に似ているが、呪術ではない。

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2005年10月29日 (土)

人間とは

人間観を問われたら、何と答えようか。
人間を余り信用しすぎてはいけない。さりとて、絶望するまでには至らない。
性善説と性悪説の中間あたりがいい。それにしても、聖人のような人から極悪人のような人まで、幅がありすぎて、めまいがするようだ。
そう答えたい。

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アリと人間

     人間はアリ社会を、上から眺めることができる
     アリたちは、そのことに気づかないだろう
   
     人間は、一匹のアリをつまみ、別の場所に移すことができる
     アリたちは驚き、「彼は死んだ」と思うかも知れない
   
     人間の生活は毎日、忙しい
     どこかアリ社会に似ている
   
     人間とアリとの関係を
     たずねていけば
   
     アリには見えなくても、人間は存在している
     であれば、人間には見えないΧがいるかも知れない
   
     Χとは何か
     人には見えない知的な生き物
   
     Χのことを、ある人たちは
     天使と呼ぶ

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競争社会

競争社会にして、日本の借金を返したいという。競争社会では生活の合理化が求められる。それはよいことだ。目的意識が明確でないと成り立たない社会になり、生きがいも与えられるだろう。しかし、目的とは何か。外的目的ではないのか。ともかく、自由の中で夢の実現する社会でもある。しかし、貧富の差も大きくなるだろう。持てる者はますます持ち、持たない者は持っている物も奪われる社会だ。少し社会主義的に寄った社会に協同組合的社会がある。このほうが、よりよい社会と思う。日本は、弱肉強食の純然たる資本主義社会になるには抵抗が強い社会だろうと思う。借金を返すには消費税を上げればよい。生産と消費に目を奪われている人たちに、もっと別の価値に目ほ向けさせるには、消費税を上げればよい。もっと、つつましく、思いやりに溢れた社会の方がいい。

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2005年10月28日 (金)

女性の天皇

女性が天皇になる道が開かれようとしている。別に問題がないのではないだろうか。私は賛成です。聖徳太子が摂政をしていた時の推古天皇は女性であったし、歴史的に例はあったのだから。

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靖国神社参拝問題

小泉首相の靖国神社参拝問題に中国・韓国の人々の激しい抗議があるが、戦後が戦前と革命的に断絶している日本の今日の状況では、少し理解しにくいところがある。日本の体制としてはまず、平和憲法があり、戦争はしないと内外に言明している。また、日米安保があり、米国の戦争に引きずられこそすれ、日本が単独で戦争を起こすことは、まずないのである。このようなことを、中国・韓国の人々は知らないのだろうか。まさか、知らないわけはないと思う。また、両国の指導者たちは、どう考えているのだろうか、逆に質問したいところだ。いや、戦争被害の記憶が、まだ、余りにも生々しいので、日本の事情などは考えられないのかも知れない。
しかし、日本人としては、どうなのだろうか。司馬遼太郎さんは、日露戦争後の軍部のあり方を批判してきたが、その批判は、あるいは「よく分からない」ということの、もう一つの反応ではなかったのだろうか。15年戦争から太平洋戦争の終結までの間に、何があったのか、それは今、あるいは我々に知らされていないのかも知れない。だから、理解できないのかも知れない。かつて従軍慰安婦や北朝鮮による拉致問題も覆い隠されていた時期があった。しかし、今、みなの問題となっている。司馬さんが「理解できなかった」と思われる、あの時期も、今、隠蔽されている歴史の部分が明るみに出てくれば、あるいは理解の程度が進むのかも知れない。

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潤滑油

「あなたは何者?」
「社会の歯車ではない。その歯車にさす潤滑油かな」

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2005年10月27日 (木)

影との対話

   私「お前は何者だ」
   影「わしは、お前の影だ。お前を食い滅ぼそうとしているのだ」
   
   私「恐ろしいことを言うヤツだな。お前とは関わりあいたくない。話も
   したくない。あっちへ行け」
   影「そうはいかない。お前の行く所なら、わしは、どこにでも行くのだ
   」
   
   私「お前のような悪者が、どうして存在しているのだろうか」
   影「慈悲深いお天道様が、そうさせているのだ」
   
   私「そんなふうには思えない。お天道様が慈悲深いのであれば、しつこ
   く私に悪をなすようなお前を、私の周りにおらせないだろうに」
   影「お前は、わしがいると言ったが、それはわしを見たからではないの
   か。わしを見なければ、わしはいないも同然ではないか」
   
   私「そんなことが、一体、出来るのか」
   影「実際は難しいのだが、理論的には出来ることになっている」
   
   私「教えてくれ」
   影「お天道様を見続ければいいのだ。お前がお天道様を見ている限り、
   わしを見ることはないからだ。光から目を離した時に見るのが影なのだ
   から。しかし、光そのものである、お天道様をじかに見れば、お前の目
   はやられてしまうだろう。この問題を解決すれば、お前はわしの支配か
   ら脱出することになるのだ」
   
   私「お天道様を見ても、目がやられないようにするには、どうしたらい
   いのか」
   影「それは教えられない。わしは、それほど、お人好しではないぞ。そ
   れを教えたら、お前は、わしの支配から永久に脱出してしまうからだ。
   もう少し、わしはお前の苦しむのを見ていたいのだ」

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失敗の解剖

   人生には失敗がある。
   失敗によって失うものは尊い
   
   それは創造の力
   成長の可能性
   
   人生にやり直しはない
   時間は決して過去に戻らない
   
   であれば、失敗の苦い思いは
   克服できないのだろうか
   
   失敗を思っても何も生まれない
   苦い思いの中に、いつまでもひたることは出来ない
   
   人生での価値ある瞬間の思いにこそ
   あなたの将来がある
   
   失敗の苦い思いに襲われたなら
   もう一つの別の瞬間に思いをはせよう
   
   失敗の苦い思いは
   それ以前の、可能性に満ちた瞬間が今もあることの証拠
   
   失敗とは、その瞬間を肯定することに
   失敗したということなのだから
   
   その瞬間は、決してあなたから消えることはない
   もし消えたなら、失敗の苦い思いも消えたろう
   
   その瞬間にひたることで
   失敗の苦い思いを消してしまおう

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教育のあり方

暗記中心の受験用詰め込み教育の反省からゆとり教育へと転換し、学力低下が危惧されて、教育のあり方が問われています。ゆとり教育の導入には大切な視点があったと思いますが、効果がなかったようです。生徒の主体性を引き出すというのは難しいことなのでしょう。
ここでの教育とは、いわゆる学校教育です。しかし、その人の人生において、学校教育の比重はどれほどなのでしょうか。そこに価値を置くのも分からないではありません。日本の学歴社会の現状を思う時、学校教育は、卒業後の人生において、それなりに影響を与えています。卒業生たちは、ある意味で一生、クラス会、同窓会、クラブの仲間たちと、母校に縛られています。学校の卒業は一つの駅の通過ではなくて、人生を終えるまでの長い付き合いの始まりです。入学した時は、もちろん、そんなに長い付き合いが待っているとは思ってもみませんでした。
さて、教育というものは、国家によって、あるいは教師によって与えられるものではなくて、自分で選択していくものと思います。学校での日本史の勉強よりも、司馬遼太郎さんの小説を読んだ方が、どれほど日本史への興味を持たせてくれたか知れません。このような興味こそ大切と思います。教育というものは、与えられるものではなくて、自分で見出していくものではないでしょうか。学校を出ていなくとも、自分の生き方を見出して、自分の人生を送っている人の方が、どれほど幸福であるか知れません。学歴はなくとも、エジソンは幸せな生涯であったと思います。大切なのは、自分が幸福と思う生活を見出すことです。そして、その幸福を毎日、繰り返していくことです。このような基本的な生活パターンが出来ていない時、学校教育は余り意味を持たないと思います。生徒たちには、まず、このような生活の基本を教えることが肝心と思います。

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生活と詩

hitomiさんの「LOVE LIFE」を聴きながら、
次のような八木重吉の詩の意味を考えていました。

「生活と詩」
神は愛である
生活は詩である
愛は神ではない
詩は生活ではない
しかも愛は神でありたい
詩は生活でありたい

「LOVE LIFE」は「詩は生活でありたい」という願望に対して、いい線いっているなあ、と思いました。

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アジア的要素

古き中世は西洋で形成された。新しき中世は、もちろん、古き中世の再現などではない。欧州連合(EU)を指すのではない。そこではアジアもまた、大切な一要素でなければならない。アジア・アフリカを抜きにして、全体を語ることはできないからだ。しかし、アジアは何を提供できるのだろうか。

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臨床哲学

数日前、NHKのラジオ深夜便で、臨床心理学者の河合隼雄さんの話を聞いた。含蓄に富むよい話だった。最近は、「臨床哲学」「臨床カフェ」という言葉もあるらしい。その提唱者・実践者の鷲田清一さんが、朝日新聞(051027)朝刊で、その内容を紹介している。
「哲学の知識を使わない。十数人で、何について話すかを決める。偉い思想家の考えを繰り返さない。具体的な経験を引くことから始める。人の話は最後まで聞く。手を挙げて指名されてから話す。ルールはこれだけです。」
『「脳」整理法』(ちくま新書)の著者・茂木健一郎さんは「世界知」と「生活知」という言葉を使い、その交渉の大切さを説いているが、その実践の一つが、臨床哲学かも知れない。世界知はギリシャ伝統、生活知はヘブライ伝統と考えれば、その交渉を求めた中世と発想は同じかも知れない。

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心の「発病」

朝日新聞(051027)朝刊に、『べてるの家の「非」援助論 そのままでいいと思えるための25章』(浦河べてるの家著、医学書院、2100円)の紹介があり、次のように書かれていました。
心の「発病」は無理な関係の緩和装置であるという視点から、「発病」する人としない人をつなぐ途(みち)を問うてきたグループホームの記録
心の「発病」は無理な関係の緩和装置、に同感するものがありました。人間関係の無理な構造の中で、それを変えるために、ある人たちは心の「発病」という表現をとるのではないだろうか。多くの人たちは、環境を変える時、合理的な対応をするが、その合理的対応のできない人たちが、異常対応する時、それが心の「発病」とみなされてしまう。そんな思いをしてきたところがあります。

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2005年10月26日 (水)

無常

   我が見る世界の変遷に
   無常の風が身にしみる
   
   幸も不幸もないという
   悟りの境地を、人は説く
   
   幸・不幸の相対を
   相対とする絶対が
   
   果たして観者に
   見えたのか
   
   古代ギリシャは観念に
   ヘブライの民は人格に
   
   インド観者の見ぬものを
   無常を嫌って見たという
   
   無常の彼方に
   常世の世界
   
   その住民の義務果たし
   無常の世界に遊ぼうよ

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希望の内容

大学紛争の時、「一点突破・全面展開」という言葉を聞いた。般若心経に色即是空・空即是色という言葉がある。これは対になっているところが大切だ。一点突破に至る道が実存の道である。そして突破すれば、希望に溢れた世界が待っている。しかし、大学紛争の時は、どうであったか。未消化、消化不良で、いつしか時が去り、関心が薄れたのではなかったか。そして、課題は残り、いま心の中に潜在している。人が生きるに大切なことに、信仰・希望・愛があるという。愛は聖霊の実感であり、今の問題だ。希望は未来のビジョンであり、信仰は愛を現在化する手段であると同時に、希望の内容を探ることに向けられなければならない。では、どんな社会を希望するのか。その時、歴史形成の原理を問い、その関係の中で、愛の溢れる社会を構想しなくてはならない。そんな社会がもっとも生きがいのある社会だからだ。そうした時、現代は、どんな時代なのだろう。キルケゴールやドストエフスキーの実存的時間は過ぎたように思える。では、一点突破したとして、われわれの眼前に前面展開の景色は広がっているのだろうか。もし、それが見えないとしたら、われわれにおける現代の把握があやふやだからではないのだろうか。その点を問い、回答を用意し、長い歴史観に押し出されて、ささやかな一歩を歩みだす、それは現代に反響を呼び起こすに違いないのだ。われわれは、希望の時代にいるのだろう。しかし、その希望が明確に分からない。だから、行動が伴わないのだ。希望を明らかにすれば、人は行動するであろう。

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実存を歌う歌手

hitomiさんの歌詞には、聞き手に言葉を誘発するものがありますね。「LOVE LIFE」にある「pray」という曲は感動的な名曲と僕は思います。題は「祈る」という動詞形なので、「私」の意志を感じさせます。

この歌詞は、人間にとって、「生きる」とは、どういうことなのか、表現しきっているように思いました。生きるには、まず「希望」が必要だ。しかし、人間には、どうしようもない暗い部分がある。だから、祈るんだ。

歌詞を追っていくと、実存に触れているところがありますね。「新しいトビラあけて 見えた世界に たどり着けば 欲望は深く 明日の壁を また壊してく」といった個所ですけど。「欲望は深く」に、人間の業を感じました。人間の暗い部分、そしてどうしようもない部分。

hitomiさんの作る詞には、人間の暗い部分を、あえて表現しようとしている所が、割合、多いと思います。愛という、どこかロマンチックで、上っ面に流れそうなものでもあるものをテーマにしつつも、hitomiさんの場合には、この人間の暗さ、実存に触れることで、愛の性質が少し変わっていって、歌詞が「祈り」に昇華されていく。そこが共感を呼ぶのかも知れませんね。hitomiさんの魅力の一つが、そこにあると思います。実存に触れると、自然に、人間は「祈る」のだと思います。実存を歌う歌手、そんなキーワードがhitomiさんかな、と思いました。

最後に、「私は私のままで いれるように そう祈って 痛みを癒しながら 進んでいく この世界の片隅で 光ともして」いう歌詞なんか、本当にスゴイと思います。

「私は私のまま」「痛みを癒し」「進んでいく」「世界の片隅で」「光ともして」。最初の三つはhitomiさん的な言葉のオンパレードで、あとの二つも、きっと、そうなのでしょうが、ストレートに、魂に届く言葉ですよね。これは、みんなの祈りなんじゃないのかな。

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人生リセットの歌

hitomiさんの「LOVE 2000」は、タイトルからすれば、「2000年・愛の歌」とか「2000年・愛の賛歌」かな、と思う。

しかし、歌詞の出だしで、ちょっと違うことに気づく。これは「愛探し」の歌なんだ。けれど、もっと重い感情が、この歌には込められているような気がする。それは、「人生リセットの歌」というのが、この歌の本質なのではないかということです。

「サバよんでみたってあの頃に戻れやしないし だから今を認めていたいの
とても大切な人も見過ごしちゃったとしても また見つければイイ」

この部分が、非常に重要なんだと思います。CDの歌詞には「大切な事」と書かれているけど、「大切な人」と歌っていますね。が、ここは、どうしても、「人」でないといけないな、と今になって思います。なぜなら、この部分は、最後の「あなたをずっと探してた」に対応しているからです。愛を運ぶのは、やはり「人」なんですよね。

あの頃は、よかった。しかし、今は別。あの頃には戻れないから、今を大切にして生きていくんだ。今、思えば、大切な人を見過ごしちゃった。しかし、また見つければいいんだ。そんな人はいないかな。そして、「あなたをずっと探してた」というのが、大きな筋なんでしょうね。

「食べてみなくちゃわからない事」というのは「愛の実感」なんでしょうが、それは、「あの頃」の「大切な人」のことがあるから、ある程度、分かっている。

しかし、この人生リセットの仕方は潔いと思うと共に、演歌なんかとは違った姿勢が出ていると思います。美空ひばりの「悲しい酒」なんか、「あの頃」「あの人」に、ずっとこだわっていて、その意味では、「今を認めてい」ないし、人生のリセットが出来ていない。こだわって涙を流すのも、私は好きなんですが、このへんが、演歌との違いなのかも知れないし、人生応援歌の性格が出ていると思います。

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2005年10月25日 (火)

「強く見る」

hitomiさんの「LOVE2000」に、
「運命だけじゃなくて、センチメンタルでもなくて、強く見えないモノかナ」
という歌詞がありますね。

はじめ、何言っているのか、ちょっと分かりませんでした。

「強く見えないものかな」というけれど、普通は「ハッキリ見えないものかな」というでしょうね。しかし、よくよく考えて、あるいは、「強く」でよいのかも知れないと思いました。

「ハッキリ」と言ってしまうと、肉眼での認識になってしまいますよね。しかし、ここで見たいと言っているのは「愛」なんですね。愛を肉眼で見ることができるのだろうか、できませんね。

だから、「出来ない」ということを示唆するには、「ハッキリ」と似ていて、しかも違う「強く」が使われているのかな、と思いましたよ。hitomiさんの歌詞は、何か哲学的なんですね。いろいろと考えさせられるのですよ。

そこで、僕なりの解釈ですが、

最初は、本当の愛を非日常的なものの中に求めていた。
「運命だけ」とは、運命を否定はしないが、その重さの中にではなく、また、センチメンタルという軽さの中にも本当の愛はない。

それは日常的な愛、「ちびまるこチャン」の日常生活の中にあるかも知れない。それが本当の愛かも知れない。「ちびまるこチャン」は、いつ見ても、いいなあ、と思います。

青い鳥は、やはり、よく言われてきたように、自分の遠くにではなくて、逆に近くにいるようだね。だけど、その愛の「強さ」は、最初は「強い」とは思われないのです。人は非日常的なものにあこがれているのです。

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表現活動

IT社会とは、何と簡単に表現活動ができるのだろうか。正常な表現活動を日常的にすることで、ある程度、心身の健康を保持することができる。表現活動を促すことも、カウンセラーの役割かも知れない。

大学紛争の時、校舎を占拠した学生たちが、演説し、「革命的に」を連発した。「革命的に食事せよ」とも言ったが、ノンポリ・ノンセクトの私には意味が分からなかった。それは異常な表現活動であった。今、大学は平和そのものであり、異常活動は低年齢化している。

大学での紛争のさなか、キャンパス内の掲示板に意見を貼り付けた。ある教師に呼び出され、注意されたが、その教師も今はいない。当時、意見書ともいうべきビラが盛んに生産されて、不特定多数にばらまかれた。その製作には、ある程度の労力が必要であったが、IT社会では、いとも簡単に意見の公表ができる。ジグザグデモもあり、あちこちで学生集会があった。熱のこもった表現活動が続いた。

ロンドンの公園で、時事問題でも何でも、論者が話しかけ、人の輪が出来ているシーンをテレビで見たことがある。ここにも表現したい人がいる。そして、意見を聞きたい人もいる。

実家は、そんな活動とは無縁な地味な職業であった。小学生の時、朝礼で、みなの前で話すよう促されて、しりごみし、話さなかった。そんな習性が、いつしかついてしまったのかも知れない。人の前で話す職業は避けてきた。しかし、それでもある程度、表現活動はしなくてはならない。そんな時、人の目は見たくない。そんな人にも、IT社会は表現活動をしやすくしてくれる。

16世紀の宗教改革は印刷術の発明と共に進展していった。中世社会と比較して、表現活動が簡単にできるようになった。現代の印刷術とも言うべきITという道具は、近代社会全体を変革する力となるだろう。

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予言者

新約聖書は、聖霊降臨の光の中で、旧約聖書の予言を検証・解釈した本でもある。原点は聖霊降臨である。しかし、それとは別に、われわれの周囲を見る時、いろいろな予言がある。それらの検証と共に、新たに予言を語るというのも価値あるわざである。私は預言者でもなければ、予言者でもない。しかし、いくらか預言者でもあり、また予言者でもある。聖書の予言も大切だが、世俗社会でも、盛んに将来社会の予想という形で予言は行われている。さあ、予言しよう。将来社会の予想をしてみよう。人生をそれに向けて調整し、検証の旅を楽しもう。面白い人生が待っていると思う。

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病気とともに

   病気というものは嫌なものだ
   なおせるものなら、なおしたい
   
   しかし、容易になおらない病気もある
   その時は、どうしようか
   
   病気と一緒に生きていくしかない
   病気をなおそうと、あがかない方がよい
   
   どんな病気も、いつまでも続くことはない
   やがて、死がきれいにしてくれるだろう
   
   生きることと共に、死ぬことも考えよう
   いつまでも生きた人はいないのだから
   
   死神に追いかけられるよりは
   まだ生に余裕を持ちながら、その準備をしたい
   
   死ぬことを考えないで生きている人たちがいる
   危なっかしい生き方と思う
   
   50を過ぎたら、その準備をしろと、勧める女優がいる
   そう言えば、賢そうな人だった

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2005年10月24日 (月)

心への薬物療法

心の病気に薬物療法とは、心というものが見えないことを考えると、おかしな話に思えるのだが、心と大脳とが関係があることを前提にして、大脳に対して薬物療法をほどこすのだとしたら、了解できるのである。であれば、心と大脳とは、どんな関係にあるのだろうか。それが問われなければならないと思う。今、心とか大脳とかに、異常な関心が寄せられている。そんな時代である。

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人間と自然

   人間は自然である
   いや自然でもある
   
   人間が自然のみであったなら
   こんな悪さをしないだろう
   
   人間が自然のみであったなら
   こんな進歩もしないだろう
   
   人間の悪さ・進歩を眺めれば
   自然らしくは思われぬ
   
   自然は見られるもの
   見るものは自然を超える
   
   人間は見られる自然と
   見る主体の総合
   
   自然を超える何ものかが
   人間の中にあるのだろう

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2005年10月23日 (日)

アイデアマラソン

今日、ブックオフで、日経ビジネス人文庫『アイデアマラソン発想法』(樋口健夫著、日本経済新聞社)を購入した。発想の方法論ではなく、発想の処理方法が語られていた。マラソンとは、その生き方が生涯続くという意味でもあろう。生活の仕方として、興味深く、誰でも応用できそうだ。大切な視点を教わったと思う。

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遺伝子の発見

遺伝子というものを肉眼で見たわけではない。ただ、環境に対する自分の反応を時々反省していて、自分の遺伝子の特徴を知らされたような気がする。その中に自分の成長・発展、そして可能性があるのだろう。そして、生活の基本的リズムが、そこに形成されるのであれば、それは生涯にわたる生きがいとなるのだろう。その意味では、自分の遺伝子の発見は大切なことだ。そして、その遺伝子の特徴に従って、自分の生活を構成していくことが肝要だ。

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生活の改革

大学生時代、私は読書ノートを作っていた。印象に残った文章をノートに書き取り、少し感想を書き込んでいた。それは、そのままであった。しかし、それがいけないと分かった。その時の自分の印象を反芻しなければいけないのである。そのためには、読み返す必要があるのだ。生活の改革は、ここから始まるのである。読み返して、新しい印象を、そのつど、書き記していく。こうしていくうちに、生活は改革されていくと思う。自分の過去の経験を無駄にしてはいけない。未来は過去との対話の中で生まれていくのだから。

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エクソシスト

悪魔払い師をエクソシストという。フロイトを読んでいて、精神科医は何かエクソシストのように思った。サタンは光が嫌いなのだろう。心の患部にこびりついているサタンに光を当てて、サタンを追い出すこと、それが精神科の治療のように思った。それにしても、精神科に行くことには抵抗を感じる。体が病気であれば、躊躇せずに医師にかかるが、心が病気ということは、どういうことなのだろうか。心は、その人にとっては対象化できないのではないか。病気という判断は、それをあえて対象化することだ。性格、個性と病気の違いは、どうなのだろう。心の病気というレッテルは、その人の人格にかかわるのではないか。その時、薬物療法の利点を知らされたように思った。心と大脳は結びついている。大脳は体である。だから、心の病気というのは大脳の機能障害なのだ。だから、薬物療法で対応すれば、医師は患者の心を傷つけず、自分の仕事ができるという理屈である。心は大脳と関係あるが、大脳とは違うという一点をおさえれば、精神科に行きやすくなるだろう。精神科医師とエクソシストは、こうして人の奥深い病に挑戦している。しかし、ある意味では医師でなくとも、音楽家でも小説家でも、誰でもエクソシストになれるのだ。それは光を病人の患部に当てるという作業である。ベートーベンは、「他の人々よりいっそう神に近づき、そこから神の光を人々のあいだに広げることより気高いことはありません」(「ルードルフ大公あて書簡」)と言っているが、彼もまたエクソシストではなかったか。サタンとの戦いが、人にとって最高の仕事なのだと思う。

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2005年10月22日 (土)

忘我の追求

人は皆、日常的に忘我の境地を追求している。恋、ゲームなどに熱中して、我を忘れることに忙しい。そこに快感があるからだ。いや、それが日常の苦痛を忘れさせてくれるからというべきかも知れない。日常は苦痛に満ちている。しかし、真実の愛というものは、このような忘我の境地とは違う。その環境では、私は私であり続ける。私を、どこかにもっていく必要はない。気晴らしの必要はない。一日中、家の中にいても、あきないし、充実感がある。人は皆、そのようなあり方に招かれている。しかし、皆がそうなったら、世界は一変するだろう。ゲームのない世界を、どう考えたらいいのだろう。

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暗黒の中世

以前、「暗黒の中世」と言われた。古代ギリシャが「命」、ルネサンスが「再生」、そうすれば、その間の時期、中世は「暗黒」となる。古代ギリシャとルネサンスの人間中心主義が、その後、啓蒙期にテーゼとして確認されて、中世の信仰共同体の瓦解を前進させた。もちろん、ルネサンスと同時に歴史的事件となった宗教改革の力が中世社会瓦解の突破口となったが、そこから、ユダヤ的伝統の神中心主義とギリシャ的伝統の人間中心主義が分離して、それぞれ歴史形成の二つの潮流となった。ルネサンス謳歌の中で前進していった近世の結末が、あの大戦であったとしたら、ルネサンス、啓蒙的史観の人間中心主義が裁かれたと見るしかない。こうして、歴史意識はポスト・モダンに移るのだが、中世の暗黒イメージにとらわれている人たちには、そこで中世という言葉を使うことにためらいがあるのだ。しかし、人間中心主義は、どこかで突破されねばならない。啓蒙期の哲学者、カントも、その示唆はしているのだ。そこで超越的価値の探求が必要となるのだが、それはギリシャではない、もう一つの伝統、ヘブライに学ぶことを通して可能となるのだ。ギリシャとヘブライとの対話、それが、歴史的中世同様に、新しい中世を形成する。

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歴史認識

20世紀が終わろうとする時、「新しい中世」という言葉がよく使われた。新聞にも、また単行本にも現れた。しかし、すぐにテロと戦争の騒ぎに巻き込まれて、この言葉を語る人もいなくなった。それでも、この言葉を使い、時代を知ろうとした視線は必要だ。それに、この「新しい中世」という言葉は、突然現れた言葉ではない。今回の世紀末ではなく、第二次世界大戦のころにも語られていた。それは、人類の歴史を大きく区分する言葉である。この座標軸は今でも有効なのか、その材料を集めたいと思う。

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2005年10月21日 (金)

信仰の意味

信仰という言葉には、回心の瞬間とは別に、それによって全能の神の個別的・具体的働きを起こす人の側の神に対する働きかけという意味があるかも知れません。信仰を前提として祈りがあり、その祈りに対する応答が、そのようであれば、それは全体をひっくめるて信仰の力ということになるのかも知れません。そのような可能性をイエスは否定していないようでもあります。しかし、そのような過程は、どこか魔術的でもあります。功績観念に結びつく魔術は否定されねばなりません。信仰の原点は回心の瞬間にあり、それは完全受動の姿勢にあります。その完全受動によって功績観念が否定されます。この原点は常に確認されていなくてはなりません。プロテスタンティズムの信仰の根本は「信仰義認」ですが、救いの「条件」としての「信仰」に否定的に応じる改革派の信仰もあります。それは、きっと、信仰に功績観念の結びつく危険性を指摘しているのでしょう。信仰は常に功績ではありません。しかし、一方、功績を生み出していく力にもなります。色即是空の観察主体は、やがて空即是色の景色を生み出していくとも言えるのですから。それと同じことと思います。

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2005年10月20日 (木)

大切なもの

人間にとって一番大切なものは、いくらなのだろうか。それは、ただなのだと思う。大金を払って手に入れるものは大切なものだと、普通は思う。しかし、それがなければ生きられないというものではないだろう。それがなければ生きられないもの、それが人間にとって一番大切なものだ。水は水道代を払っているが、最近は有料の水もある。空気もそうなるだろうか。神の愛は、いつでも、とこでも、ただである。

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進歩

回転する輪の中に置かれたハツカネズミが走っている。しかし、自分の居場所は変わらない。人間の進歩なんて、そんなものではないだろうか。ゆっくり歩く場合と速く走る場合とでは、ハツカネズミの疲れが違うだろう。その疲れが、人間の場合には、やりがいとか進歩とかに転換されて考えられているのかも知れない。しかし、自分の居場所は変わらない。自分の本当は進歩していない。われわれの社会も、以前に比べれば、よほど回転が速くなっている。そして疲れる。それが進歩と思わせるかも知れないが、錯覚かも知れない。見方を変えれば、われわれは、依然として同じところにいる。

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退職の選択

退職を目的として就職する人はいない。しかし、やがて退職を選択する時が来る。就職するということは、一つの組織(会社)の中での一つの部分としての機能を果たすことを意味する。それは自己限定を意味する。その限り、一定の保障を受けることができる。しかし、その自己限定に不具合を感じたり、その行く末がどうなるのか分かり、このまま時間が過ぎていけば、自分の可能性をなくしてしまうことになるかも知れないという不安が横切るかも知れない。こうして、人は退職の道を選ぶかも知れない。それはそれでいいのだと思う。道は開けるだろう。だが、その前に、自己認識を深めよう。それによって人生の選択の方向が決まるものだから。

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捨てること

最近、「捨てること」の意義を説く本が出ている。価値観が変わってきている。お金をもうければ、そのお金は消費に回る。それに伴いゴミが出てくる。こうした循環の中で、人は忙しく走り回る。いつしか内的充実感が失われる。お金も物も、本当の幸福を約束しない。内的充実感の方がいい。「捨てる」意義は、そちらに人の目を向けさせる。

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2005年10月19日 (水)

内村理解

幕末に生まれ、昭和5年に世を去った内村鑑三。人が時代を造り、また時代が人を造る。どちらが先かは知らないが、深い連関があるように思う。内村は明治から敗戦までの近代日本のキリスト者であった。彼の人生は、近代日本の誕生と終焉に重なっている。彼の愛した日本に、捨て台詞を残して亡くなった昭和5年、そのあと、日本は滅亡の道を進む。内村の提唱した無教会主義の狙いは、私の理解では教派主義への批判であった。教派主義とは、近代日本の中では、キリスト教の避けられない選択であったのだろう。強烈な国家主義的雰囲気の中で、宗教者といえども、それに同調しないでは存在できない時代であった。内村は一時、ちょっとした儀礼的「不作為」のため、「売国奴」とまでののしられたが、それでも彼が生き延びたのは、彼の強烈な愛国心の発露に日本人が感激したためであった。この感激が、信仰を抜きにして国民に伝播していった時、近代日本の偏狭な国家主義を支えたことも考えられる。実際、彼の雑誌活動に参加した人たちの中には、のち、右翼的活動で知られた人もいた。彼の教会批判はプロテスタント教会が応じ、両者には緊張状態があった。しかし、批判の中身が教会なのか、教派主義なのか、そこに誤解があったのではないか。彼は、無教会主義は再臨で完成するという意味のことを言っていた。もし、それが教派主義を指しているなら、再臨の前でも、一部、実現しているのではないか。彼の死後、日本は滅亡の道を進み、戦後、再生したが、時代はかつての教派主義の時代でなくなったのではないか。

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長い目で見れば

靖国神社の立場は近代の立場である。しかし、日本国憲法の立場は「新しき中世」の立場である。そして、歴史は全体的には「新しき中世」に移行しつつある。日本は憲法によって建前は「新しき中世」を標榜している。それが逆転することはないだろう。だから、長い目で見れば、靖国神社に対する中・韓の反発に対して日本の立場の理解を得られるという期待はもてるだろう。日本は全体の一部であり、全体を支配するものではないからだ。部分には部分の限界があり、また権利もある。

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靖国神社の不思議

極東軍事裁判でA級戦犯とされた人たちが、やがて時を経て、靖国神社では「神」としてあがめられている。これは極東軍事裁判の判決を愚弄するものである。歴史認識がおかしいのではないかと隣国が抗議している。隣国の言い分にも、もっともなところがあるのではないだろうか。
建前は「憲法の戦争放棄」、しかし本音は、それを否定していると見られているのではないか。建前と本音の乖離、二枚舌という日本人に対する悪口の原因の一つが、こんなところにもあるのかもしれない。参拝の中で明治以降の日本の歴史の中で戦死した人たちが「神」として現れる。ここには近代日本の連続性は途切れていない。敗戦は、日本の革命ではない。明治憲法は、その中で続いていると思われても仕方ないのではないか。

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余命と宣告

がんになったNHKの元女性アナウンサーの闘病生活が感動を与えている。テレビで「余命・宣告」といった患者に対する医師の扱いをはねつけて、生きることに強い意志をもつことの大切さを訴えていた。確かに、人の中には「余命・宣告」でがっくりきて、生きる意志を放棄して、それが病気の進行を速めることになるケースもあるに違いない。しかし、「余命・宣告」のあと、ホスピスの生活を選択し、それが別の意味で充実した生活をもたらす場合もあるのではないだろうか。「余命・宣告」に抗する生き方だけが感動的なもの、意味のあるもの、ではないと思う。

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2005年10月18日 (火)

吉満義彦先生を偲ぶ会

吉満義彦先生を偲ぶ会が、ことしは下記の通り開かれます。
●日時 11月13日(日) 午後2時。
●場所 四谷若葉町のサレジオ管区長館。

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楽園の謎

エデンの園で神は人に言った。「善悪を知る木からは取って食べてはならない」と。これは何を意味するのだろうか。この木から実を取って食べたあと、人は善悪を知る者となる、という意味ではないだろうか。であれば、その実を取って食べる前は、人は善悪を知らないはずではないか。しかし、実を取って食べること、すなわち悪が、エデンの園で、既に人に知られていたのである。すなわち、エデンの園に既に、善悪の区別があり、人は、善悪を知る木から実を食べる前に、善悪を知っていたということではないのか。これが、最初の楽園の謎である。では、来るべき楽園では、どうであろうか。そこでは、このような、人の自由意志による楽園追放の可能性は残されているのだろうか。それはないのである。なぜなら、来るべき楽園の入場資格は神のよって決定されていて、人の自由意志の支配下にはないからである。救いの可能性は人にはない。しかし、人は、それでも自由意志の中で、救いを求め、決断するのだが、そこに矛盾はない。

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首相の靖国神社参拝

昨日、小泉首相が靖国神社に参拝した。世論は賛否が半々、裁判所の判断も違憲かどうかで分裂している。恐らく、これが真相なのだろう。国民の一人として、どちらがいいとか、どちらが悪いとか、決めかねている。首相としては、歴史に判断を委ねて強烈な問題提起をしたという「実績」は残った。ただ、私としては、避けて欲しかった。その点では、公明党や河野衆議院議長などと同じだ。外交関係は大切だし、中国、韓国の人たちの気持ちを大切にしたい。避けて何か不都合なことがあるのだろうか。首相が、これまでの自分の言葉・約束を守ることを重視していても、ここまで来て、参拝を避ける判断をしても、誰も責める人はいないだろう。それでも、視点を変えてみれば、首相の5分足らずの行動に、隣国から、こんなにも強烈な反応があるという事実に注目すべきかも知れない。国家主義が帝国主義になるような時代ではないのだ。ナショナリズムで戦争ができるような時代ではなくなっているのだ。日本は憲法で平和を志向している国であると言うと共に、このような現代政治の環境的条件に関心を集めるのも一つの方法であろう。

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2005年10月17日 (月)

全的堕落とは

カルビ二ズムの5つの基本教理の一つを全的堕落といいます。大学生の時、教えられました。同じ宗教改革者の流れにあるウェスレーも、この点では同じということで、少し興味を覚えたのですが、実は彼らが反対したカトリック教会でも、根本は同じ教えと、私は思っています。このあたりは、「新しき中世」の合意が出来つつあるのです。全的堕落の正確な定義は、その筋に任せますが、私なりに説明します。
全的堕落とは、言ってみれば、人間は絶望的存在だということです。しかし、人間は絶望状態では一瞬たりとも生きていけません。ですから、この教えは、普通の生活の中では隠されているのです。啓示的教えということです。普通の生活では人は希望を持って生きています。しかし、それらの希望は、よく考えれば相対的で、はかないものです。だから、それらの希望の正体がすべてあばかれた時、人間は絶望状態となり、生きていけなくなります。しかし、そこに真の人間の姿があるのです。これを指して全的堕落というのだと思います。それは瞬間的なことですが、その時、救いがきます。だから、救いとは、絶対他力なのです。救いを得るためには人間は無能力であるということ、それが全的堕落の中で言われていることです。

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病院の問題

病院という所は病人を治す所である
   
病人の中には薬で直る患者もいれば
そうでない、やっかいな患者もいる
   
そんなやっかいな患者に対して
病院は十分、対応できないのではないかと
少し、疑いを持っている

心身症への関心が生かされていないのである
体の検査、治療が病院の柱であり
こうして医療制度が維持され
医師や病院職員への給与が支払われる
   
そこに落とし穴があるのだ
   
薬があればいいのだ
薬をあげればいいのだ
   
そんな安易な考え方が
横行していないだろうか
   
心の病に対しても、薬が与えられる
しかし、心の病の癒しのために必要なのは
気づきではなかったのだろうか
   
その気づきというのは原因の探求である
病人の魂の過去の調査である
   
しかし、そんなことは病院はやらない
そこでは対処療法が主体だ
   
精神科が脚光を浴びている今日
話し合いという不思議な治療にも
理解が増しているだろうが
   
逆に、患者の周囲で
それへの理解が不足している
   
病人の中には、
あえて、病気になろうとしている人だって
いるのではないだろうか
   
それは病気であることによって
何かを訴えるためである
   
「あなたは、本当は何が言いたいの」
それを聞かないで
ただ、薬を投与するだけで
病気が癒えるのだろうか
   
そんなことはないと思う
病気は病人一人の問題ではない
病人の環境の問題でもある
   
病気を作り出している人たちが
それに気づかない限り
病人は病気から解放されないだろう

大切なのは、病人を生み出している社会
その病理を語り尽くすことだ
これは真剣勝負である

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全的堕落では共通

人間の全的堕落に関しては、カルビンもウェスレーも同じである。しかし、その人間がなお人間らしく保持されている現象に関して、別の教えが必要となった。それがカルビン・カルビ二ズムの場合には一般恩恵であり、ウェスレーの場合には先行の恩恵であった。福音は全的堕落に対する唯一の解決なのだが、一般恩恵、先行の恩恵の重要性を感じている。カイロス的場面では、福音のみであるが、歴史はカイロスばかりで形成されていない。一般恩恵、先行の恩恵を軽視する人は、日常生活で挫折するだろう。

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現代の理解

カール・アダムが『カトリシズムの本質』の中で、こんなことを言っている。
「16世紀には教会と、18世紀にはキリストと、19世紀には神と分離した」
この期間が近世である。そして、19世紀の実験はソ連の崩壊で終末を迎えた。今、「新しき中世」である。世紀末のころ、そんな言葉が使われた。中世とは言わず、ポスト・モダンといった。だから、今の、この世紀が、どんな世紀であるかは、長い歴史の比較の中でのみ描き出すことができるのだ。近世に生きていた西欧人が、その現れた希望と秘められた絶望の中で、自分たちの実験の結末を予想できたかどうか。今、実験の結末が出たのだが、その後、時代はどうなるのか。それを考える枠組み、キーワードが必要ではないか。

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ソローの生活

「森の生活」り著者、ヘンリー・D・ソローの名前は知っていた。1817年から62年まで生きた人というから、44歳か45歳で亡くなっている。若死にだ。朝日(051017)の「時の墓碑銘」では「生活をぎりぎりきりつめ、追い込んで、人生とは何かを考えようとした」人だったという。生活を切り詰めることは、人生の質を高めるためには必要なことだ。美しく生きること、品格のある生活のためには、現代人は、捨てることを学ばなければならないと思う。

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2005年10月16日 (日)

全知全能

原・新巨人軍監督が就任会見で語った言葉が注目されている。
「全身全霊、全知全能を懸けて戦い抜いていきたい」
「全知全能」とは神にのみ使うべき言葉と思っていたが、読売新聞の紹介記事では、漢和辞典には「出せる限りのすべての知力と能力」という意味もあり、おかしくない使い方ともいう。しかし、「全知全能の神」という言い方が普通で、神さまに間違えられるかも知れない危ない使い方でもあり、不遜な人と思われたくないのであれば、使わない方がいいのではないだろうか。

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女優H

   女優Hに端発し
   恥じらい捨てた女性たち
   
   写真集の売れゆきに
   我も我もと、あとを追う
   
   恥じらう女性であってこそ
   男心をそそるもの
   
   自分で秘密を明かしては
   追いかけるのも恥ずかしい
   
   女性は神秘であってこそ
   男心はひかれるよ
   
   「東京物語」で輝いた
   女優Hは、今いずこ

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2005年10月15日 (土)

付言

永遠の哲学に関する証言を付言します。
「更に尚ほ、聖トマスの学説の内面的本質特性に取っては、そが13世紀に体系化されたと云ふ事は全然二次的な事であることを附言する必要があるだろうか? 基督教叡智は、基督教文化がその最高の歴史的満開期に到達した時に、その全き体系的構造を得たと云ふ事は至ってノルマルな事であった。然し聖トマスの名の下にある教説は其自身は、時間と歴史の彼方に、トマス自身がその下にあった歴史的事情の彼方に超然たるものであって、そは凡ゆる時代に属するものである。」
(『宗教と文化』マリタン著、吉満訳、140頁)

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永遠の哲学

1989年12月14日、永遠の哲学について、以下のようなことを考えていました。

永遠の哲学は哲学の頂点である。それは聖トマスの瞑想によって得られるものだ。
もっと具体的に言えば、彼の哲学・神学思想の根本テーゼ「超自然は自然を破壊せず、それを予想し、かつ完成する」という言葉の解明にかかっている。永遠の哲学とは、歴史的には、ここからのみ形成される哲学思想であり、キリスト教哲学者、キリスト教思想家の光栄は、この永遠の哲学の形成に参与することにある。

果たして、このようなことが言えるかどうか、今は分かりません。

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2005年10月14日 (金)

意気地なし

子供のいない夫婦に
育児の必要はない
   
だから、そんな夫婦を
人は意気地(育児)なし呼ぶ
   
あの時、結婚は二人の問題であった
しかし、今、そうではなくなっている
   
あの時、結婚にいくらかの障害があった
今、それらが尾を引いている
   
気づいたら、結婚は家同士の問題でもあった
二人は共に家を引きづっている
   
財産は誰にいくのか
先祖の墓は誰が守るのか
   
意気地なしの抱える問題は多い
太閤秀吉の気持ちがよく分かる
   
十字架上で死んだ
イエスも意気地なしであった
   
しかし、彼の言葉で出来た小さな家族は
今、全世界をおおう大家族になった

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田舎暮らし

新聞に定年後の田舎暮らしを勧める広告が出ていた。幸福な生活が待っているような内容だ。しかし、田舎では仕事も収入も限られているし、資金に余裕のない人には難しいかも知れない。それに、そこでは自分たちの生活が目的になっていないだろうかと思った。人は誰かに仕えるために存在しているし、自分は他者に仕えられるよりも、仕えた方が幸福に近いのだ。幸せな生活は誰もが望むのだが、その生活を手に入れた時、自分は何のためにいるのか、という問いが迫ってくるのではないだろうか。

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競争社会

日本が目指す改革社会は競争社会である。日本の根深いところにある「階級社会」の非合理性が、それで打破されるのであれば、それもよいだろう。日本には社会主義的発想が、さまざまなところに生きているから、純然たる資本主義社会になることはないだろう。しかし、その方向に舵が取られている。競争社会は、もちろん勝ち組と負け組みを生み出す活動社会である。近世の産物でもある。もともと宗教的発想があった。世俗内禁欲というものだ。修道院を世俗にもってきたものだ。中世の修道院の弊害への反省があったのだろう。勝ち組になって、自分の宗教的疑いを解消させることが狙いだったともいう。勝ち組になることが、神に選ばれていることの証明という考えは根本に自力救済の考え方があり、自力救済はキリスト教の教えではないのだが、そのように言われている。こうして社会が活動的になる。そんな社会がいいのだろうか。今はいいといっている。今回の選挙で自民党に票を入れた多くの国民は、公務員という「特権階級」への感情的反発が働いたのだろう。だから、「階級社会」の非合理性、不透明性への反発があったと考えてもいい。これは、社会的には何の特権もない私も同感した。しかし、社会全体が活動的になり、競争社会になり、目が外にばかり向くようになるのが、果たしてよいのだろうか。その中に、人間の最終の幸福があるのだろうか。中世の修道院がもっていた観想的生活が失われたら、大きな損失ではないか。神と共に生きるということは、宇宙・万物との調和の中で生きることでもある。そんな生活も大切ではないだろうか。NHKのラジオ深夜便を愛する人であれば、このような気持ちが分かるだろうと思う。

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2005年10月13日 (木)

理性のために

「恩寵は自然を破壊せず、かえってそれを完成する」という言葉は中世の神学者トマス・アクィナスの有名な言葉である。この場合の自然は天然の意味ではなく、人間の自然的能力を指すと考えてよいと思う。その頂点にあるのが理性である。従って、恩寵は理性を破壊せず、それを完成するという意味にとることができる。

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現代社会の挑戦

現代社会が、どういう形で人間に挑戦しているのか考えて見る必要がありそうです。その問いの中では、情報というものが大きな要素になると思います。
   
かつて、書物が情報の源泉とされていた時代がありましたが、テレビ、インターネットと、今では、社会に情報はあふれるばかりです。特に、コンピューターが日常生活の中に猛烈な勢いで浸透している現在、現代人は、情報の攻撃にさらされ通しです。
   
そんな環境の中で、社会不適応を起こす人たちを含めて、どのように生きていったらよいのかと反省しないと、人間関係の中でトラブルメーカーになっていく確率は高まるばかりと思います。
   
情報とは、我々人間の主体的関心のアンテナにひっかかるもののことです。情報という客観的なものがあるわけではありません。ある人の情報は、他の人の騒音でしかありません。五感に飛び込んでくる刺激のすべてが、情報という重要な価値を持つものではありません。
   
我々の目が情報に幻惑されて、外側ばかり見ていると、爆発的に膨張している情報の中で、自分を失うことになります。全部の情報に接するには、時間は絶対に足りません。
   
それに、さまざまな情報には、それぞれ発信元の価値観が潜在していますので、それらの情報と共に多様な価値観を、いちいち受容していたら、自己分裂を起こしてしまいます。自己アイデンティティの喪失が起きます。それは、他の人々にも、迷惑をかけますし、社会は、そのような人たちを排除していくでしょう。
   
現代社会は、あれでもか、これでもか、という形で、情報による攻撃をしています。そこで、自分を守るためには、情報を極力、騒音化していくことが大切と思います。
   
必要な情報は、いや、情報というものは必要性を帯びているのですが、そんなに多くはないのです。自分にとって大切なものは何か、それを必要最小限に絞りこんでいくことが、こんな時代を生きる知恵なのかも知れません。そのような作業を自覚してやれば、情報は比較的、少ないのではないかと思います。そのような生き方が、現代社会の中で一人一人に問われているのではないでしょうか。
   
必要なことは私に帰ること、私の中で満足することではないかと思います。外のものに寄りかかる時、心に黄色の信号が点滅します。信頼していた人に裏切られ、か弱い自我が傷つくかも知れないのです。

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改革者たち

16世紀と20世紀の改革者たちを比較する。ルターとバルトに共通するものがあるとすれば、メランヒトンとブルンナーにも共通するものがあろう。特に、理性とか、人間の自然の能力に関する把握に関して。ルターの前には教皇がいたし、バルトの前にはヒトラーがいた。ルターもバルトも、何か断食しながら、論争的文書を書いていたような印象を持つ。ルターは近世をもたらしたが、バルトは、近世の終焉に位置していたのではないだろうか。

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決断の重み

実存主義では決断が重視される。決断が人間を形成するというのは確かに本当である。しかし逆に、決断が人間を滅ぼすとも言えるのではないだろうか。神の言葉への承認の決断もあるけれど、サタンの惑わしにひっかかるという決断もあるのではないか。その場合、同じ決断でも、結果は大違いである。重大な決断の前には後悔しまいために何度も考えることが大切だ。しかし、神の声が「もう待てない」と聞こえてくる時がある。その時は、正しく決断しなければ、その人は一生を無駄にしてしまうかも知れないのだ。

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改宗

プロテスタントからカトリックへの改宗は以前は珍しかったが、今は、そうでもないらしい。最近は転会というらしい。教会を転じること、転居と同じような意味なのだろう。そこには、カトリックもプロテスタントも根本は同じという理解があり、洗礼のやり直しはしない場合が多くなっている。この転会、以前は帰正といったらしい。ここには、対立感情が出ている。こんな変化も、第二バチカン公会議以降の、教会一致を目指す運動の成果かも知れない。いや、そうに違いない。しかし、それでも、プロテスタントからカトリックに教会籍を移すことには、いくつかの壁を乗り越えることが必要である。ここが明確でない人は、自分で「改宗」の意味づけができないであろう。その意味づけのためには、ルターを乗り越えることが必要なのだが、そのための材料が乏しいのが現状である。プロテスタントの人たちは、ある意味ではみなルターの弟子たちである。だからプロテスタントからカトリックへ教会を変える場合、ルターにあいさつすべきである。どんなあいさつをするのか、あるいはあいさつしないのか。これは、その後の、その人の生き方にも関係する。そう思うと、プロテスタントからカトリックへの「改宗」者で、きちんとルターにあいさつしている人は、今は余りいないのではないかと思う。あいさつの材料を乏しくしているのが、現代である。もちろん、きちんとしたあいさつをしたからといって、以前のような対立感情をむき出しにすることは時代錯誤である。

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中世的国家主義

朝日新聞の投書欄の冒頭に「中世的国家主義」という言葉があり、その意味が分からなかった。いったい、中世に国家主義があったのだろうか。西洋では近世に至り、宗教改革とともに、国家の重要性が増してきて、その中で国家主義が台頭したのではないだろうか。では日本の中世には国家主義などというものがあったのだろうか。諸国家群がないところで、国家主義はないだろう。日本の中世には、ただ日本があるだけであり、諸国家はなかった。だから、日本のことではないらしい。
ただ、投書した人は、自民党の新憲法草案の前文にある「天皇制と愛国心、国防の意義」に対する批判として、「なにやら懐古主義」という言葉とともに、「中世的国家主義」という言葉を使っているのである。であれば、これは日本のことであろう。そして、戦前のことを指しているのであろう。では戦前は中世であったのか。いや、日本では、明治維新以降を近代といったのではなかったか。従って、投書した人は、日本近代を批判しているのである。

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我はロマン派

一つの文化運動には、運動の目指す目標がなくてはならない。外国にはロマンティシズムという運動があった。それは、「中世のカトリック的文化に帰ろうとする一種の回帰的な運動」という。西欧の人々は、その時期を経験したので、記憶の中で、理想的なものとして残っているのかも知れない。しかし、歴史は前進する。過去に帰ることはできない。中世に帰ることはできない。「新しき中世」を語り続けた人たちも、そのことは知っていた。
「キリスト教的叡知は我々に中世時代に復帰せんことを提案するのではなく、前方に推進せんことを促すのである。中世時代の文明といえども、如何にそれが偉大で美しくあったとしても、而して生きられた現実におけるよりも歴史の純化された追憶において更に美しくあるとしても、中世時代の文明はキリスト教的な文明概念を十分に実現することとは遥かに距っているのである」
(「宗教と文化」ジャック・マリタン、吉満義彦訳、74-75頁、甲鳥書林)

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心理療法

「耳は二つ、口は一つ」。この事実を知らせることが最高の心理療法ではないだろうか。障害は人間関係から生じるとしたら、そこでは障害者には聴くという姿勢が足りなく、言うことが先行している。人の気持ちを正しく、深く知ることから始めること。これを知らせるだけで、人間関係は好転し、社会は少しは住みよいものとなる。聴く、傾聴の大切さ。しかし、それも馬耳東風で処理されるかも知れない。そんなところでは、当方が、ますます聴くことに専念しなければならない。

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2005年10月12日 (水)

中世の形成

ユダヤ教の一分派と見られたキリスト教が、ユダヤ教から離れて、ギリシャ思想やローマ法制を受け止めて、中世世界を形成していく。世俗の権威を超える権威を持つまでになってしまう。その発展・上昇・成長の過程を考えると、それはキリスト教の中に、それら異質のものを受容する契機があったとしか思えない。同じ一神教のユダヤ教にイスラム教も宗教的な固さの印象が強く、中世を形成させた他文化との柔軟な関係を許す契機があるとは思えない。

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日本のかたち

司馬遼太郎さんとドナルド・キーンさんの対談集に『世界の中の日本 16世紀まで遡って見る』(中公文庫)という本があり、その中に「日本人と『絶対』の観念」という項目があるのですが、そこでの司馬さんの意見に対して、少し疑問が出てきました。瑣末なことかも知れませんが、平田篤胤の理解に関してです。
   
キーンさんが、平田篤胤の思想に「明らかにキリスト教の影響が非常に濃かった」と言った後で、司馬さんは、こう応えています。
   
「平田篤胤の思想にキリスト教が反映されているとなると、彼はどこでそれを手に入れたんでしょう。ところが、明治の国家神道ではもう縁が切れてしまった。だから、どうも平田神道は平田篤胤だけでぽつんと切れましたね」(108頁)。
   
この発言を読むと、司馬さんは平田篤胤が国禁であったキリシタンの教義書を密かに読んでいて、それを自分の思想のなかに取り入れたということを知らなかった、のかも知れません。
   
しかし、この平田とキリシタンとの接点についてはよく知られた事実で、村岡典嗣、海老沢有道といった人々の詳細な研究があります。もし、司馬さんが、この人たちの研究成果を読んでいたら、日本思想史について、また新しい視点が生まれたのではないかと惜しまれてなりません。
   
さて、問題は、平田篤胤の思想は、「明治の国家神道ではもう縁が切れてしまった」と、司馬さんが言っているところですが、本当なのでしょうか。
   
明治の廃仏毀釈で平田国学の人々が一時、強力な活動したといっても、明治6年のキリスト教「解禁」のあと、平田国学は衰亡を経験するのですが、明治22年の明治憲法発布の中に、不死鳥のようによみがえってくるのではないでしょうか。
   
ですから「明治の国家神道ではもう、縁が切れてしまった」のではなくて、逆が真なのではないでしょうか。
   
司馬さんは「明治政府としては、ヨーロッパはキリスト教でできあがっている、わが国にはキリスト教がないから神道をその位置につけよう、と思ったにちがいない」(181頁)というのですが、伊藤博文は、神道の弱体性を指摘していて、ただ皇室に結び付けて憲法の安定を図ろうとしたのです。その結果、皇室の宗教である神道が権力の中に入ってきて、やがて国家神道になったのではないでしょうか。その時に平田神道が国家神道と縁がないとは、私には思えないのです。
   
この国家神道は、日本の敗戦によって姿を消すのですが、今思うと、明治憲法下の日本というのはひとつの宗教国家だったのではないかと思えます。
   
この時代は、つい「昨日」のことであり、今でも、何かと尾を引いています。

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司馬史観

司馬史観という言葉がある。司馬さんに共鳴している者たちは、司馬史観にも共鳴しているのかも知れない。日露戦争を描いた「坂の上の雲」という小説がある。そこにある日本賛美が、日本を再び戦争のできる国にするのではないかという危惧が、在日の人たちの中にもあるようだ。司馬さんは、この小説が悪用されることを警戒していたというから、その危惧は司馬さんも抱いていたのかも知れない。しかし、司馬さんは、日露戦争後の日本を痛烈に批判していた。そこでは理性が麻痺していた。だから、「坂の上の雲」は太平洋戦争を是認したり、日本を戦争のできる国にすることを目指したものではない。その中に見られる日本賛美というものは、実は15年戦争と敗戦に至る日本のあり方との比較の中で現れてきたものではないか。換言すれば、理性が働いていたかどうかで、健全な理性の働きを葬ることは、戦争への道につながるということが言いたかったのではないか。であれば、司馬さんに同感である。

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憲法改正

日露戦争同時、内村鑑三は絶対非戦論を唱えた。今の憲法は、字面だけを読めば、絶対非戦の立場のように思われる。しかし、解釈の問題や、日米安保の位置づけなどあり、絶対非戦の建前ではあるが、実態は別のものになっている。その実態を憲法の立場に近づけようという抑止の意味で、憲法擁護の必要性を訴えることもできるが、それは日米安保条約の廃棄につながらなければ意味がない。その可能性はあるのか。社民党や共産党に、その点を問いたい。「憲法9条を守れ」という主張と、「日米安保条約廃棄」の主張がワンセットでなければ、おかしいのではないか。それが不可能であれば、憲法改正は当然のことと思う。国連と共に、日本の安全を考えるべきである。それは憲法の立場であろうと思う。

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十字軍への反省

イラク戦争が始まった時、米国などでは十字軍という発想があったが、イスラム諸国を刺激するというので、急遽、取り消したことがあった。そしてテロとの戦いということになった。中世の十字軍でのイスラム側の怨念も、なお残っているのかも知れない。中世では、十字軍を送り出している側の反省もあり、そこに一つの修道会が生まれた。武力によるのではなくして、説教による解決を志向するという建前があった。やはり、人間には理性に訴えるべきだろう。それが訴えられる側への礼儀というものだろう。こういう形は大切なのである。今、そんな志向があるだろうか。テロの側に、そんな反省があれば、新しい世界が生まれる可能性がある。そこに、古代ギリシャの役割がある。狂信的になった宗教が政治と結びつく時、周囲の人々は不安と恐怖を抱く。かつての日本も、そのようであったらしい。

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2005年10月11日 (火)

祈りの科学

信仰と祈りは結びついている。祈りのない信仰は空しく、信仰は祈りを引き起こすものだ。あるいは信仰と祈りは一つだともいえる。そして祈りは自分と環境の変化をもたらす。どんな変化が祈る人に起きるか、それを知ろうとする人たちもいる。
アメリカの精神分析学者、カール・メニンガーは「祈っている人に起こる心身の変化は、科学的な研究の対象になる」と言っているという(『セルフ・コントロールの医学』池見酉次郎著、NHKブックス、148ページ)。
最近は笑いと健康との関係が科学的研究の対象になっているが、祈りを対象にするのは難しいのではないだろうか。いずれにしても、人間の脳の研究が現代の最先端の研究なのである。ITの普及にしても、脳の働きの機械化以外の何ものでもない。

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自殺と死

自殺したい人は追い詰められて行き場がなくなっているのだろう。そこには同情すべき点があるだろう。しかし、考えてみれば、自分の命は自分のものだけではない。命は、人間にあっては、さまざまな関係性の中に置かれている。自殺は、それらの関係を一刀両断に自分の意思で絶つことだ。それらの諸関係をじっくりと考えてみれば、なお生き延びる選択肢が見つかるかも知れない。絶望的なアウシュビッツの収容所で、なお希望を持って生き延びた人たちのことを考えれば、希望の選択肢がないということは自分の思い込みではないだろうか。幸福の中に不幸の種が潜在していて、不幸の中でもなくならない幸福もある。
さて、死ぬことは、人間にとって大切なことだ。そこには「ごめんなさい」という謝罪が含まれていると私は思う。私は、その思いをもって死にたいと思う。実際、多くの人たちに迷惑をかけてきたと思う。私もまた多くの人たちから恨みをかっているだろう。そして、死はまた神の罰でもある。ある人たちにとっては復讐の成就の時だ。ある人に恨みを持つ場合、「あなたは必ず死ぬ」という事実を思う時、そこに「あなたは復讐してはいけない。復讐は私がする」と言われた神の復讐の厳然たる事実がある。人は先走って復讐してはいけない。復讐は悪の連鎖を引き起こすから。

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2005年10月10日 (月)

マザー・テレサ

マザー・テレサに対する批判というものがある。それは、彼女がインドで、人々の魂の救いのために活動したかという問いから出ている。その根幹には、伝道がキリスト教の信者を増やすためという理解がある。
彼女は、敢えて、キリスト教信仰を持つように人々を導かなかった。そのことが批判の中に込められている。他の宗教のまま、人々を放置したことは、その魂を地獄に落とすことを意味していないか。それはキリストに献身した人の思いではないであろう、というのであろう。ここには、宗教多元主義への批判のにおいがする。キリスト以外に救いはない、ということで、宗教多元主義は批判の的になるが、同じような視点からマザー・テレサも批判される。
しかし、映画「ガンジー」を見た時に、インドという土地の性格が分かり、マザー・テレサに同情した。同時に、彼女は、宗教の勧誘をしないでよかったのではないか、と思った。ガンジーはヒンズー教の信徒であったが、ヒンズー教に人々に勧誘しなかった。その生き方とマザー・テレサの生き方がだぶるのである。

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偶像

偶像とは、神への道を中断させるものである。被造物は、どれもが神への道の手段となりうるものだ。しかし、その道を中断させるものは、例え、教会の中にあっても、また聖なるものとみなされていても、偶像になる。

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存在から本質へ

人間の認識活動は、まず「存在」に始まり、次いで「本質」に移行する。まず、「ある」という認識があり、次に「何か」の認識が始まるのである。それは、可感的対象の把握から可知的対象の把握に進むといってもよい。これが人間の一般的認識のありかたである。そして、学問というものは、この可知的対象に関して行われるものである。従って、学問の対象は本質であり、形相であり、普遍概念である。知の、この領域を尋ねるのが学問である。

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人生論ノート

三木清は「人生論ノート」の中で、こう言っている。「疑いもなく確かなことは、過去のすべての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であったということである」。同感である。しかし、次の言葉は、意味が分からない。「それだから死に対する準備というものは、どこまでも執着するものを作るということである。私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する」。執着と愛が同じような意味で使われているが、以前、違うのではないかと指摘しておいた。しかし、愛の対象を作ることが、自分の永世を約束するということは、どういう意味だろうか。

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お金

人は、お金のあるところに心もある。従って、自分の財産をどのように所持し、使用するかは大切な心構えである。自分の心のあるところに金を注ぐこと、これが一番正しい金の使い方である

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歴史的な存在者

人間は、歴史を学び、未来を読み、そして現在の行為を決める。その行為は、しるしとなって、他の人々の行為に連続する。一人の行為は他の人々の行為を誘発する。
自分の行為は自分一人で終わらない。どんな行為でも、人々の社会の中で行われれば、人々の中に波及していく。
これが分かれば、自分の行為は、他の人々に対するしるしなのだという意味を込めて、現在を選択することができる。
人間は歴史の中に生きる。過去を読み、未来を展望し、その中で現在を選択する。大きな読みが間違わなければ、それでいい。その読み方は、人々に影響する。読み方が正しいかどうかに気をつけよう。正しいとは、人々の共感を得られるものになる。
歴史的存在としての人間は、現在の選択の中で、未来にメッセージを送りつづける存在である。

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供養

死者を供養するということは、その死者が「浮かばれる」こと。そこには、供養が「死者のため」という発想がある。これは生者と死者との関係の中で、死者の魂は残ること、また生者が死者に、何事かができるということを前提にしている。魂は死後も残ることを前提にしなければ、供養には意味がない。空とか無を基本とする釈迦の始めた仏教に、なぜ供養があるのか、その問いは、現在もあると思う。

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2005年10月 9日 (日)

犠牲

犠牲とは何かを失うことであり、その限りでは好まれる言葉ではない。しかし、考えてみれば、われわれは、誰もが他者の犠牲の上で生きているのである。その最大の原点は、神が人のために自らを犠牲にされたということであろう。その意味では、犠牲的に生きることが正しい生き方であるかも知れない。われわれの喜びが他者の犠牲の結果であれば、われわれの犠牲において他者の喜びを生み出すことができる。そんな生き方を選択することが意味のある生き方というべきかも知れない。

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礼拝の意義

礼拝とは、人が神に奉仕する場であるかも知れない。一般的には、そう考えられている。しかし、逆に神が人に奉仕する場でもある。どちらが最初かといえば、神が人に奉仕する場の方であろう。ミサでは、十字架の出来事を回想しつつ、犠牲をささげるという意識が形成されるが、同時に、それは神の自己犠牲の場でもある。聖体は、その象徴であろう。人がいくら犠牲を払っても、それで救われるわけではない。神の自己犠牲によって、人ははじめて救われるのである。ここが、人造宗教との決定的な違いである。

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神さまの回答

「神さまのおわび」(10月8日)は、イワン・カラマーゾフへの神の回答である。70年安保当時の問題提起に対する応答がこれである。あの当時、ドストエフスキーが読まれ、共感し、深刻な問いが発せられた。その問いに答えは見当たらなかった。神は沈黙しているようであった。しかし、神は常に語られていたのである。ただ、われわれが、それを聞く耳を持たなかっただけだ。イワンは近代人である。典型的な近代人である。懐疑の業火の中にいる近代人である。また、ソ連共産主義の魂を形成する一要素であったと思う。ソ連の建設をたたえた映画「シベリア物語」の明るさとも無関係ではないであろう。深い人間愛がそこにある。それで結ばれている。ソ連の無神論国家は地上からなくなった。しかし、その原点には崇高な心情があった。このような問題提起に対しては、神はおわびするしか、道はないであろう。そして、その時、人はそれを受け入れるかどうか、それが改めてイワンに問われているのだ。近代人に問われているのだ。

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他人の視線への反省

他人が自分をどのように考えているかということが、その人の思想・行動の原因になっている場合がある。しかし、そうであってはいけない。他人が自分をどのように考えるかということは結果であって、原因ではない。人間そして自然というものは神の意思の反映である。その人が神をどのように受け止めているかが原因となって、その結果が他人の評価となって現れてくるからである。眼は神に向けよう。

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2005年10月 8日 (土)

普遍主義への道

明治のクリスチャンは皆、ナショナリストであった。内村しかり、植村しかり、新島しかり、皆、日本のことを考えていたのだ。それは日本の課題として、彼らの前にあったからだ。その課題をキリスト教によって解決しようとしたところに、明治のクリスチャンの実践があった。従って、キリスト教はプロテスタントでなければならなかった。
キリシタンへの偏見の強い日本人にとり、カトリックはナショナリズムとの共存には困難があった。その間、カトリックはあたかも地下水のように、日本の歴史の表舞台からは隠れて生き続けるしかなかった。
しかし、敗戦は、このナショナリズムへの鉄槌であった。それは新しい普遍主義への道を示しているが、プロテスタンティズムの地平に、そのようなものが捉えられるであろうか?

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愛の分析

愛とは何か。ある意味では、誰もが知っている。しかし、問われれば、じっくり考察したことがないのではなかろうか。「神は愛なり」という。神という言葉は、余り考えないかも知れないが、神が愛であれば、神は愛と同じくらいに、実はよく知られているし、常に語られているのである。
愛の分析の中で神に至ろう。否定神学的に言えば、神は愛であるが、愛は神ではない。神の愛は執着ではない。だから、キリストと釈迦に、この点で、言葉の定義を考えれば矛盾はない。愛の中から、神でない要素を除去していけば、やがて愛と神とを結びつけるものか、浮かび上がってくるであろう。
神は愛なりとは、肯定神学的に言えば、神は愛ではないが、愛という言葉以外では言い表せないということなのであろう。愛の働きに人間の救いを期待しつつ、愛の分析を始めようではないか。

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読書

読書にとって最も重要なことは、何を読むかではなくして、何を読まないかである。我々の周囲に活字は氾濫している。選択せずに、それらを追いかけていけば、我々の人生はどれほどあっても足りない。読書にとって大切なのは、真に読むに値するものを時間をかけてじっくりと読んでいくことである。

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諦めの一生

これまでの人生を振り返ってみた。子供の時には、可能性に満ちていた。何にでもなれるような気がしていた。私の中の意識の先端は現実世界に反映する神の目配せをすばやく、そして情熱的に感じとり、その方向に脱自することが容易にできた。それは冒険と危険に満ちていた。
しかし、やがて、体力の衰えを感じ、そのような可能性の充満といった意識が遠のいていった。その時の人生の見方は、危険に満ちた冒険への挑戦といったものではなく、「諦めの一生」といったものになった。
「諦めの一生」とは、日本人的であり、感傷的であり、悟っているようでありながら、まだ悟りの一歩手前の、割りに健全な見方かも知れない。
人生とは諦めの連続である。決断するということは、他の可能性を葬ることである。従って、人は最後の決断というものを日常的に繰り返していくことが、もっとも賢い生き方である。

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神さまのおわび

僕は教会に行く。神さまのおわびを聞くために行く。そのおわびを、しっかり受け止めたことを表すために行く。これが、僕が教会に行く理由だ。これは神父さんから、あるいは牧師さんから教わったことではない。自分で発見したことである。聖体とか、聖餐のパンとか、そこに、神さまのおわびの気持ちが込められている。
なぜ、神さまは人間に、おわびしなければならないのか。神でありながら、全知全能でありながら、不完全な世界を造って、人間を苦しめているからだ。こう考えれば、人間は神に対する不信感を抱くのも当然であろう。
神さまのおわびは、自分の命をあげましょう、ということである。これ以上のおわびはない。これが聖体とか、聖餐のパンとかの意味のだと思う。
人間の更生とは、この神さまのおわびの意思を知らないでは、そして、それを受け止めないでは、成り立たないことだと思う。

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2005年10月 7日 (金)

トラピストへの誘い

私は、10代の後半の一時期、トラピスト修道院への憧れを感じた時があった。その時は、漠然とした人生問題があって、解決の分からない時であった。なぜ、トラピストに憧れたのだろうか。トラピストには平和があった、規則があった、生活の在り方に対して、「これでよいのだ」という自己承認というものがあった。トラピストに対する憧れというものは、逆に考えれば、当時の私には、こういったものがなかったということであろう。これは宗教的生に秩序づけられた倫理的生への招きであった。そして、人は、その一生を通じて、このような生を求め続けるものであろうと私は思う。

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孤立

私は孤立を恐れない。むしろ、孤立を恐れることを恐れる。自分で正しいと信じる道を歩んでいるならば、その結果、孤立しようとも、それは問題ではない。正しい道が何であるか知らないことこそ、実は重大な問題なのだ。正しい道には味方がたくさんいる。孤立していると思うのは、一面においてであって、全体的に見れば、最も強力な連帯の中にいる。

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真理の伝達

真理の伝達に武力あるいは強制的手段を使うことは間違いである。人間とは「理性的動物」であり、この「理性的」というところに人間の尊厳といったものがあるのだから。従って、人間を動かすためには、理性に働きかけるのが最上の方法である。「理性に働きかける」以外のところで、人間に働きかけようとする時、人間は侮辱されたと思うであろう。

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友の選択

人生の選択で最も大切なことは対話の相手を選択することである。恐らく、これに尽きると言ってもよい。対話の相手は、何も生存している人だけに限らない。人類史を顧みて、最も偉大な人を選んだ方がよい。そして、常に対話を続ける。その中に確実な成功があるのである。
逆に言えば、人生の失敗とは、対話の相手の選択の失敗によるのである。
人は人生の成功・失敗に心を煩わされるものである。しかし、何が成功で、何が失敗であるか分からない。従って、人生の成功を第一に追求せず、対話の相手の選択に心を使った方がよいのである。ここに間違いがなければ、人生は自然に成功に導かれるのである。

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私は「身体障害者」

現在、日本国民の二人に一人は車を持っているという。私は持っていないし、運転の免許もない。
車は人間の足の延長である。であれば、車の運転のできる人は、素晴らしい足の持ち主ということになる。私は彼らに比べて、身体障害者のような存在である。
人間は、体のある一部分をよく使い、発達させれば、他の部分の発達は劣ってしまう。しかたないのではないか。それよりも問題であるのは、そのことによって生じるコンプレックスである。身体障害は、それによって身体の別の機関の発達を促す点では、劣等感の原因ではなく、神の恩恵と見ることもできるのはないか。

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エキュメニズム論の断面

宗教改革の時以来、プロテスタント側の教会理解では、カトリックも諸教派の一つになった。しかし、カトリックの自覚の中では、教派になっていない。この自覚が、元来プロテスタント主導だった教会一致(エキュメニズム)への参加を躊躇させてきた原因であろう。しかし、その意識を持ちつつ、エキュメニズムへの道を選択したのが第二バチカンであった。すなわち、教派の一つというレッテルに対して、その<事実>に耐えよ、ということかも知れない。しかし、であればこそ、プロテスタントの保守派には警戒感があるのである。なぜなら、エキュメニズムはローマ・カトリック教会への一致を意味するのではないかという危惧である。実際、それ以外に考えられないではないか。だから、プロテスタントの保守派にはエキュメニズムへの道はプロテスタントの終焉と考えることにより、最初からエキュメニズムそのものに反対という立場もあるだろう。これはこれで分かりやすいし、終始一貫しているのである。エキュメニズムの目的は「見える教会の一致」である。「見えない教会」には分裂も不一致もない。だからプロテスタント保守派には、その事実を指摘して、エキュメニズムの必要性そのものに疑問を呈する場合もある。そこには、自分の教会と本来の教会(見えない教会)との関係のみがあって、他の見える教会との関係は、どうでもいいといった考え方があるようだ。

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2005年10月 6日 (木)

新しい中世

浄土真宗の寺院の住職でもある野田宣雄さんに「二十一世紀をどう生きるか」(PHP新書)という著書がある。著者は、ドイツの近現代史を専攻された学究でもあり、マックス・ウェーバーの研究者でもある。そこでは近代資本主義とプロテスタンティズムの関係をウェーバーに即して考えつつ、その終焉を予想している。そして、近代資本主義のあとに、親鸞の生きた時代に似た時代が来ると考えて、それを「新しい中世」という言葉で表現しようとしている。

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原義の喪失

原罪とは何であろうか。それは我々に何をもたらしたのであろうか。
「神学大全」の中に注目すべき言葉がある。
「人間性の原本的善は罪によってなくされることも、減ぜられることもない」(2-2.85.1)
「人間にとってその本性であるものは、罪によって人間から除去されることも、また人間に与えられることもない」(1.98.2、主論)
 これらは我々に何を教えるのか。それは、罪の結果は「原義の喪失」であり、人間の本性はなくならないということである。原義とは、神との生きた交わりのことであり、本性とは理性的という人間の定義にかかわる規定である。もちろん、本性の歪み、弱体化はあろうが、変質ということはない。人間は罪の前も後も、理性的動物であり続けるのである。これがトマスの言いたいことではないだろうか。
 中世スコラ神学の人間論というべきものの中核は「罪とは何か」といった問題であろう。松田一男氏(改革派教会牧師)は「一般恩恵」(C・ヴァン・ティル著、日本基督改革派教会西部中会文書委員会刊、昭和52年)中の「訳者あとがき」で、中世スコラ神学の見解を次のように言っている。
「堕落によって人間に起こったことは、理性のような人間の高い性質に、感情や欲望のような低い性質が従順に従うように調節する働きをする超自然的付加的賜物(原義)の喪失であった。それゆえに、人間の本性自体には変化は起こっていない。人間の本性は罪によって腐敗し全的無能の状態になったのではなかった。人間の本性自体はなお真理を認識し、道徳的善を行う能力を保持している。恩恵は人間の自然的能力を補助し捕捉するものと考えられた」
 おそらくこのような理解は正しいであろう。しかし、よく考える必要がある。「理性の捉える真理と啓示によって与えられる真理がある。これは違うものである。理性の捉える真理は<創造にかかわる真理>であり、啓示によってあたえられる真理は,<救済にかかわる真理>である、しかし、両者とも真理であることに変わりはない」と言うべきであろうか。それは、神が創造と救済の神であるところに、二つの真理の一致点を認めるのである。この場合、創造とは「創世記」における創造を意味し、救済とはキリストによる救済を意味する。従って、救済を<第二の創造>と言いかえてもよい。

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遺言運動

元最高裁長官の藤林益三さんは毎年、遺言を書くという。遺言は自分の死を考えるきっかけとなる。中世では「死を覚えよ」という言葉があった。遺言を書く習慣は自分の生を考える機会ともなる。遺言運動には大いに意味があると思う。

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自由意志

もし人祖アダムが罪を犯したことにより、人間に自由意志がなくなったとしたら、それは人間が人間でなくなることを意味するという危惧が存在する。物体には自由意志がない。動物にもないと考えてよいかもしれない。しかし人間にもし自由意志がないとしたら、人間に責任を問うことはできなくなる。人間が、一種の物に、そこでは変化する。しかし人間は人間のままである。それをどう説明するのだろうか。
カルビニズムで全的堕落という教義がある。一方、カルビニズムには一般恩寵により全的堕落にもかかわらず人間の堕落が食い止められているという理論もあり、これで人間が獣的存在に成り下がってしまわないという人間の現実を説明することができる。だから、カルビニズムでは、全的堕落と一般恩寵とはワンセットで考察しないと、人間の現実を表すことができない。この全的堕落という教理は半ペラギウス主義を追放したカトリック教会の公的立場に根ざしているのであろうが、そうとすれば、カトリック教会は、全的堕落の教理との間にある異論の根拠について自ら弁明しなければならないであろう。

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2005年10月 5日 (水)

性善か性悪か

中国の思想家が性善説とか性悪説とか主張したことが知られている。どちらが正しいのか。どちらも正しいのだろう。人は善であったが、悪が入ってきたということ。問題は悪である。全くの善人と思われる人もいるのだが、逆に、悪人とレッテルを貼りたい人もいる。ドストエフスキーは、どんな悪人にも善のかけらを見る人であったが、「存在しているから善なのだ」という理論から考えれば、分からないわけではない。しかし、それは恐らく個人を指しているのだろう。現代世界のゆゆしき問題はテロリズム。その戦いは正義の戦いと思うだろう。しかし、テロリストも人間である。ドストエフスキー的視点は、テロリストにも適用されるのだろうか。宗教信仰がイデオロギーと混ざって、戦いは止まない。この部分では性悪に思える。

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死からの発想

人は普通、生からの発想をする。それは生中心の発想と言ってもいい。死については余り考えない。それはタブーでもあり、普通の生活の中では意識の下に抑圧されている。何か不気味なもの、不吉なものとして、死はある。しかし、死の現実は、時に意識の上に顔を出す。その時、生中心の人は虚無意識にとらわれる。
この虚無意識の克服が、人間にとってのまず第一の課題である。
克服した人による新しい発想とは死からの発想である。生きる日々を数えるということだ。我々は、もちろん地上に永遠に生きるのではない。限りある日々を地上で送るのだ。その限りある日々を数えること。生の彼方に死があり、見知らぬ人のように死がやってくるのではない。死は、いつか分からないがやってくるが、それまでのわずかな日々が我々に与えられている。ある意味では死刑囚の意識かも知れない。しかし、死刑囚の場合、死が怖さを伴って待たれるかも知れないが、虚無意識克服による発想の中では、そのような怖さはないであろう。
人間における死の問題とはニヒリズムの問題である。

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カルト宗教の克服

ちょっと古い話だが、まで現在進行形であり続ける話に、オウム真理教の事件がある。「朝日新聞」(99年9月18日)に、菅原伸郎氏が、オウム事件に関連して、最初は、キリスト教でもカルトの一種だった、オウムがカルトであるとしても、取り扱いは慎重であるべきだといった指摘があった。
確かに、イエスの宗教は、当時としては、カルトの様相を呈していたかも知れない。しかし、その性格を克服していく。そこには何があったのだろうか。キリスト教はローマ帝国で公認宗教となり、次に国教となる。その過程で、カルト色は払拭されていく。社会・共同体にとって危険な宗教ではなく、逆に倫理の基準となっていく。
フロイドの弟子の一人、エーリッヒ・フロムは「自由への逃走」の中で、キリスト教がローマ帝国の中で、最初は迫害されたが、のち、国教となっていく過程で、体質の変化が起きた、革命的要素はなくなり、体制的になっていったという。確かに、外面的には、そう見えるだろう。しかし、そこで、キリスト教の本質が変わったとは思わない。その過程に、カルト宗教を超え、それを吟味する理性的検証に耐える内容が復活信仰の中にあった。ギリシャの哲学、ローマの法制を取り込みつつ、中世を形成したいった内実の中に、カルト的と見られた初期同様に変わらないものがあったと見るべきではないだろうか。

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2005年10月 4日 (火)

浄土真宗のふるさと

カール・バルトは、浄土真宗は日本的プロテスタンティズムだと言ったという。信仰義認のプロテスタンティズムの信仰と絶対他力の浄土真宗の信仰の類似性を指摘したものである。浄土真宗は、もちろん仏教である。だから、インド由来、釈迦由来と言いたいのだが、実質はどうなのだろうか。浄土真宗の元はもちろん浄土教で、浄土教の本尊は阿弥陀である。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと 11』(223頁)によると、インドの原始仏教の世界に「アミータ」という葬式専門の仏がいたらしい。このアミータが、鎌倉仏教の時代、法然、親鸞の時、絶対者にまで格上げされた。こうして、原始仏教とは違う救済宗教の形が出来たのだが、どこでそうなったのか。それはインドではなく、西域、シルクロードのどこかでできたという説があるという。シルクロードのどこかで、キリスト教と仏教が出会い、キリスト教的仏教が誕生したのだろうか。それが浄土教、また浄土真宗として現在まで伝わってきているのだろうか。もちろん、「キリスト教的」という修辞は回避しなくてはならない。しかし、霊魂否定の仏教が、霊魂救済の教えになっているのは、それでいいのだろうか。人間とは何か。無なのか空なのか、それとも死後も続く霊魂なのか。この両者は対立しているのではないか、それとも共存できるのだろうか。司馬さんの問題提起は率直であり、我々に突きつけられている。

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限界状況

ヤスパースは哲学の原点として「限界状況」を発見した。それは、同じく哲学の原点としての、アリストテレスの「驚き」、デカルトの「懐疑」と同じくらい重要なことではなかったか。「驚き」で古代そして中世が、「懐疑」で近代が生まれ、そして「限界状況」で、現代が生まれたのではなかったか。懐疑は大疑に、限界状況は大死に対応する。近代は人間中心の時代、現代は、それを超えて神を問う「新しき中世」なのだ。

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日本の使命

日本の使命は西洋思想との対話の中で形成されていくべきものである。西田幾多郎に、その典型を見ることができる。その対話を可能にする核心は何か、それに応える良書があるので紹介したい。
それは「絶対無と神」(小野寺功著、春風社・A5判・372頁・4600円)である。
 副題に「京都学派の哲学」とあるように、本書は主に西田幾多郎、田辺元など京都学派の哲学につながる有力な思想家と著者との対論である。西田、田辺のほかにも、波多野精一、西谷啓治、逢坂元吉郎、鈴木亨、滝沢克己、北森嘉蔵、武藤一雄らが対論相手になっている。著者は、これらの日本近代哲学を日本的霊性の自覚の論理ととらえて、キリスト教神学の日本的展開をめざしている。それは聖霊神学の構想として提起されている。著者の思索の旅の集大成というものとして本書はある。
 自伝風でもあり、エッセー風でもあり、また時には学術論文のようでもある。
 著者が特に力を入れているのは、聖霊のことである。西田の「純粋経験」「絶対無」などの経験の場に、聖霊論的思考の場を考えている。キリスト教が「聖霊の宗教」にまで深められた時、仏教や諸宗教とも響きあうものとなるという。これらの哲学が、実は、聖霊の働きを視野に入れた時、初めて理解されるという。
 この著者の労苦を踏み台にして、日本の哲学とキリスト教との対話、そして日本的文化土壌に根ざした神学の創造が求められている。

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使命の発見

人間の可能性は、ある制約されたものとしてあるように思う。大切なのは、その自覚である。そして、それを意識化していく努力である。それがないと、可能性をのばすことができない。可能性を伸ばすことは、神への応答であり、責任でもある。そう思うと、日々を無為に過ごすことができなくなる。また、何もせずに歯がゆく感じる人たちも気になる。人よ、自分の使命を発見せよ!

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司馬さんの業績

かつての日本の不幸は、戦前の日本と戦後の日本とが対立的図式で固定化されているところにある。日本の歴史が、そこで分断されていた。しかし、それに対して、戦前の日本を批判する中で、戦後日本の位置を認めつつも、それ以前の日本のよさを呼び出して、戦後日本に日本の歴史という大きな橋をかけた人が司馬遼太郎という人であったと思う。

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リュートの調べ

リュートという古い楽器がある。その楽器で演奏される曲に「シチリアーナ」がある。この曲は何を意味しているのだろうか、と思った。
リュートは、ルネサンス期に盛んになり、その後、忘れられた楽器だという。ルネサンス期の楽器といえば、その人文主義的な気分を歌いこんだものかな、と思ったが、「シチリアーナ」には、人間賛美のような陽気な気分はない。静かな、そして、どこかもの悲しい、郷愁といった気分が漂っている。しかし、暗い、じめじめした気分ではない。
さて、この曲は何を言おうとしているのだろうか。ルネサンスの浮き浮きした気分を言おうとしたものではない。
僕は、思った。この曲は過ぎ去ろうとしている、偉大な中世への惜別の曲なのだ。そして、新しい時代を静かに迎えようとしている曲なのだ。そこには、人間の、よじれた強い感情はない。中世を賛美しつつも、新しい時代も、また神の時代であるという信仰を持ちながら、静かに迎えようとしているようだ。
リュートは中世的な楽器なのである。だから、それは近世が進展していくにつれて、忘れられたのだ。
しかし、今、新しい時代が始まろうしている。それはある意味で中世的なのだが、その時代を迎えようとしている今、リュートの「シチリアーナ」の調べは、あの偉大な中世という時代への橋になっているように思える。

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無神論の矛盾

無神論というものは成立しない。なぜなら、神の定義を考えれば、無神論者の主張は、「あれは神ではない」と言っているのであって、それは別の神を考えなくては成り立たない言い方だからである。
「理論的思索の最後の帰着点、実在の最高原理を多くの哲学者は好んで神と呼んだ」(『宗教哲学の本質及其根本問題』波多野精一著、82頁)。

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司馬さんの問い

司馬遼太郎さんは偉大な国民作家であった。仏教について多くを語ってきた。その中には重大な問いも含まれている。遺骨信仰も、その一つ。物質に過ぎない遺骨をなぜ、日本人は、あたかも、その人であるかのように大切にするのか。また仏教では霊魂を否定しているのに、なぜ、来世を当然のこととしているかのように考えているのか。これらは、我々に残された課題であると同時に、司馬さんの回答を求めている遺言であるように思う。

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歴史の主役

西郷隆盛が征韓論に敗れて、下野し、やがて西南戦争が起こる。ここでの歴史の主役は西郷隆盛である。それは、それでいい。しかし、彼が下野しなかったら、歴史は変わっていたはずだ。では、なぜ西郷は下野したのか。下野の理由の一つは、明治政府の汚職体質にあったという。はじめて知った。その中心人物は、井上馨。「かれは公の持ち物と自分の持ち物がわからない、天性汚職の人です。一種特異人だったと思います。かれがいるから、周囲も汚職したというわけではなくあくまで特異な存在で、西郷隆盛の下野も、井上馨みたいなやつがいるからという気分があってのことのようです」(新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと』11、180頁)。
あの人がいるから、私は、ここにいたくない。彼とは一緒に仕事をしたくない。そんな人はいるものだ。光は自分に当たっているが、彼は影にいて、人に知られない。しかし、自分の行動を変えた彼もまた、歴史の主役なのではないか。歴史は、人間関係で動いていく。時に偶然とも言える人間関係で動いていく。脚光を浴びている人間だけが歴史の主役なのではなく、無名の人たちも歴史を動かしているのだ。「プロジェクトX」の主題は心打つものがある。

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2005年10月 3日 (月)

LOVE2000

シドニー五輪が終わって、テレビで、メダリストたちを集めた特別番組があった。司会は、みのもんた、さん。
   
女子マラソン金メダリストの高橋尚子選手が本番で走る前、音楽を聴いていたという。テレビでは、彼女が少し踊っている映像も流れた。高橋選手は、その曲を聴くと元気が出てくるという。曲は、hitomiの歌う「LOVE2000」。歌詞は彼女の自作である。
   
テレビで、hitomiが登場、高橋選手に続いて、「LOVE2000」の最初の部分を少し歌った。
   
オリンピック金メダリストが言う「元気の出る曲」とは、どんな曲なのか、僕は、知りたくなった。早速、その曲のCDを買ってきた。
聴いて、最初の部分は、何か初めて聴くメロディーとは思えなかった。あとで調べたら、このメロディーは、「激空間プロ野球2000」6,7月のイメージソングで、ジャイアンツ戦が予定放送時間内に終了した時のみ 、番組終了時に流れたという。それで知っていたのだ。
   
今回、全体を聴き終えて、メロディーも歌詞も忘れられない思いがした。
   
「愛はどこからやってくるのでしょう 自分の胸に問いかけた」という フレーズが繰り返されるが、これは、僕にとっては、あの昭和40年代の実存主義のテーマを思いださせるものであった。
   
「あなたにとって、一番大切なものは何か。あなたは、どう生きていくのか」、あの日本が騒然としていた時に問われた、そんな問いが、もう一度、歌われているのだ。
   
愛とは、人間にとって最大の関心事、その本質を、自分の思い・経験の中で知ろうとすること、これは、時代が、どう変わっても、一番多くの人を引きつけることではないだろうか。
   
歌詞を読んでいて、深い思想が語られているような気がした。そして、この曲を、年末の紅白で聴きたくなった。
   
hitomiは、「自分探し癒し系」の歌手ということだが、そのあと、何枚か、彼女のCDを買ってしまった。しかし、やはり、「LOVE2000」が一番、印象に残った。この曲は、高橋選手の金メダルと共に、また2000年の生んだ名曲として も、末永く覚えられるのではないかと、僕は思った。

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2005年10月 2日 (日)

理想的な死に方

中学2年の時、学校の行事で、埼玉県・川口から大宮までの18キロ・マラソンに参加した。参加は強制的であった。当日、途中まで走ってキャンセルした生徒がバイクの荷台に乗り、笑顔で手を振りながら、傍らを通り過ぎていった。私に、マラソン放棄の選択は思い浮かばなかった。そのうち、道路に倒れてしまったのであろう。気がついた時、医務室のような所に、横になっていた。時計が何時を指しているのか分からなかった。また、自分の指が短くなっているのに驚いたが、もちろん錯覚であった。気づいた時は、既に注射を何本もうっていたらしかった。体育の教師はヘルシンキ・オリンピックでのメダリストであったが、私を背負ってくれた。今、思うと、このように死ねたら、それは死ぬ人にとっては理想的死に方であろう。
遠藤周作さんは、死ぬ時の痛みを嫌がっていたが、全く同感である。だから、切腹などは言語道断である。遠藤さんが侍的生き方を嫌っていたのは、切腹に耐えられない自分に優しかったのであろう。しかし、私には、どこか侍的感覚に共鳴するところがあるのである。
死の恐怖や痛みを伴わない、このような突然死は、死ぬ人にとってはいいのだが、残された人は困るかも知れない。自分の身の回りを整理して、残された人たちが迷わないよう配慮することも必要かも知れない。それもまた悪くない。いずれにしても、余り苦しまないで、あの世に行きたいものである。

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自分の死体を見る

夢を見た。私は停止しているバスの運転席にいた。しかし、運転技術を知らなかった。やがてバスが動き出した。不安だった。バスはやがて車の多い道路に入っていった。そのあと、どうなったか知らない。私は、少し体の調子が悪かったが、交通事故で担架で運ばれていく死体の自分を見た。周囲の人たちに、「あれは自分」と言った。私は、自分の死体を眺めていた。そこで目が覚めた。
これは何を意味しているのか。私の退職に関わる物語であろうと思う。

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不幸を喜ぶ

不幸というものは、他人との比較の中で起きる感情である。だから、比較をしなければ起きない。その比較とは、接触から生まれる。だから、不幸を感じないためには、そのような比較をさければいい。実際、不幸の中にいる人は、比較をしなければ不幸を感じないものである。ただ、その中で、生きる工夫をすればよいのだ。比較をはずして、人は絶対者を求める。そこでの喜びは永遠に続く。

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2005年10月 1日 (土)

偶像

経済は神ではない
環境は神ではない
それらは神を見出すためのきっかけにすぎない
そうでなければ、
それらは偶像となる

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説教の核心

説教するとか、福音を伝えるということは、どういうことなのだろうか。
イエスは、神を父と言った。それはブーバー的に言えば、神は汝なのだという意味である。
それをヒントにすれば、説教とは、神を客体として伝えることではない。客体の場合には、自分とは無関係な真理を伝えるということになる。しかし、イエスは、そうしなかった。自分と深い関係のある事実を伝えようとしたのである。
現代社会に目を向ければ、精神分析をする時に、まず、分析者が教育分析を受けて、他者の分析の前に自分の分析をするようなものだ。自分と関係あるところに真理はある。自分と深く関係するところに真理はあるのだ。
一方、律法学者たちは、自分とは意識の中で深く結びついていない「真理」を伝えようとしたのだ。そこが、一番の違いである。それは真理を「もの」のように見ることを意味している。
イエスは、神を「もの」ではなくて、「汝」なのだと言った。それが、イエスの説教の核心なのである。

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脱走兵

高校を卒業した年に家出し、わずかの期間、救世軍の小隊で過ごしたことがあった。その後、初代大将の伝記などに感銘を受け、信仰の根本では同感であったので、兵士になった。しかし、伝道活動の結果である兵士の増員が、新たに兵士になった人たちの日常生活に負担を強いるのではないかと思い、脱退した。普通の信徒で生きる場合、軍服という制服の着用は、日常生活を送る上で、負担ではないだろうか。しかし、困窮状態にある人たちを助けようとする、その精神は尊いものと思っている。

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人間の病

人間という文字は、人と間の字から成っている。その「間」という文字の意味は深いのである。心の病の人の場合は、この「間」に問題があるとされる。他人との意志疎通に問題が出る、あるいは出来ないとされるのである。だから、人と人との「間」の病なのだ。しかし、それを「間」の病と思わずに、患者という「人」の病と思い、人を対象化しようとする。そのアプローチで、診療が試みられる。しかし、それでいいのだろうか。
カウンセリングでは、傾聴が重視される。それは何故か。傾聴によって、患者が自分の気持ちを伝えられたと思うことが大切なのだ。それは、「もの」としての人から「汝」としての人への移行を可能にするからである。
心の病というのは、人間における「間」の復権であり、その工夫なのである。

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「志」士の集団

出版の携わる者にとって、一番大切なものは何かと聞かれたら、私は、「志」と答えよう。多くの出版社はベンチャービジネスとして出発した。この業界には、今でも、その体質がある。
この出版を含む、メディア事業とベンチャービジネスとの最大の共通点は、志にある。それは、事業主が、自ら発見したり、作り出したものを世に示したいという強い願望のことだ。これがない者は出版業には向かないのである。岩波茂雄、野間清治、正力松太郎も、みな、このような「志」の持ち主であった。
この志の集団が、メディア事業を支える。そこにはハイリスクがあるかも知れないが、志の情熱が、それを乗り越えさせてくれるのだ。

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イメージの到来

イメージは闇雲にやってくるのではない。
乗り物に乗ってやってくるのだ。その乗り物とは、己の歴史である。歴史という以上、過去の歴史である。

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