« 無神論の矛盾 | トップページ | 司馬さんの業績 »

2005年10月 4日 (火)

リュートの調べ

リュートという古い楽器がある。その楽器で演奏される曲に「シチリアーナ」がある。この曲は何を意味しているのだろうか、と思った。
リュートは、ルネサンス期に盛んになり、その後、忘れられた楽器だという。ルネサンス期の楽器といえば、その人文主義的な気分を歌いこんだものかな、と思ったが、「シチリアーナ」には、人間賛美のような陽気な気分はない。静かな、そして、どこかもの悲しい、郷愁といった気分が漂っている。しかし、暗い、じめじめした気分ではない。
さて、この曲は何を言おうとしているのだろうか。ルネサンスの浮き浮きした気分を言おうとしたものではない。
僕は、思った。この曲は過ぎ去ろうとしている、偉大な中世への惜別の曲なのだ。そして、新しい時代を静かに迎えようとしている曲なのだ。そこには、人間の、よじれた強い感情はない。中世を賛美しつつも、新しい時代も、また神の時代であるという信仰を持ちながら、静かに迎えようとしているようだ。
リュートは中世的な楽器なのである。だから、それは近世が進展していくにつれて、忘れられたのだ。
しかし、今、新しい時代が始まろうしている。それはある意味で中世的なのだが、その時代を迎えようとしている今、リュートの「シチリアーナ」の調べは、あの偉大な中世という時代への橋になっているように思える。

|

« 無神論の矛盾 | トップページ | 司馬さんの業績 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/6247523

この記事へのトラックバック一覧です: リュートの調べ:

« 無神論の矛盾 | トップページ | 司馬さんの業績 »