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2005年10月13日 (木)

我はロマン派

一つの文化運動には、運動の目指す目標がなくてはならない。外国にはロマンティシズムという運動があった。それは、「中世のカトリック的文化に帰ろうとする一種の回帰的な運動」という。西欧の人々は、その時期を経験したので、記憶の中で、理想的なものとして残っているのかも知れない。しかし、歴史は前進する。過去に帰ることはできない。中世に帰ることはできない。「新しき中世」を語り続けた人たちも、そのことは知っていた。
「キリスト教的叡知は我々に中世時代に復帰せんことを提案するのではなく、前方に推進せんことを促すのである。中世時代の文明といえども、如何にそれが偉大で美しくあったとしても、而して生きられた現実におけるよりも歴史の純化された追憶において更に美しくあるとしても、中世時代の文明はキリスト教的な文明概念を十分に実現することとは遥かに距っているのである」
(「宗教と文化」ジャック・マリタン、吉満義彦訳、74-75頁、甲鳥書林)

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