« 神さまのおわび | トップページ | 読書 »

2005年10月 8日 (土)

諦めの一生

これまでの人生を振り返ってみた。子供の時には、可能性に満ちていた。何にでもなれるような気がしていた。私の中の意識の先端は現実世界に反映する神の目配せをすばやく、そして情熱的に感じとり、その方向に脱自することが容易にできた。それは冒険と危険に満ちていた。
しかし、やがて、体力の衰えを感じ、そのような可能性の充満といった意識が遠のいていった。その時の人生の見方は、危険に満ちた冒険への挑戦といったものではなく、「諦めの一生」といったものになった。
「諦めの一生」とは、日本人的であり、感傷的であり、悟っているようでありながら、まだ悟りの一歩手前の、割りに健全な見方かも知れない。
人生とは諦めの連続である。決断するということは、他の可能性を葬ることである。従って、人は最後の決断というものを日常的に繰り返していくことが、もっとも賢い生き方である。

|

« 神さまのおわび | トップページ | 読書 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/6303342

この記事へのトラックバック一覧です: 諦めの一生:

« 神さまのおわび | トップページ | 読書 »