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2005年10月 2日 (日)

理想的な死に方

中学2年の時、学校の行事で、埼玉県・川口から大宮までの18キロ・マラソンに参加した。参加は強制的であった。当日、途中まで走ってキャンセルした生徒がバイクの荷台に乗り、笑顔で手を振りながら、傍らを通り過ぎていった。私に、マラソン放棄の選択は思い浮かばなかった。そのうち、道路に倒れてしまったのであろう。気がついた時、医務室のような所に、横になっていた。時計が何時を指しているのか分からなかった。また、自分の指が短くなっているのに驚いたが、もちろん錯覚であった。気づいた時は、既に注射を何本もうっていたらしかった。体育の教師はヘルシンキ・オリンピックでのメダリストであったが、私を背負ってくれた。今、思うと、このように死ねたら、それは死ぬ人にとっては理想的死に方であろう。
遠藤周作さんは、死ぬ時の痛みを嫌がっていたが、全く同感である。だから、切腹などは言語道断である。遠藤さんが侍的生き方を嫌っていたのは、切腹に耐えられない自分に優しかったのであろう。しかし、私には、どこか侍的感覚に共鳴するところがあるのである。
死の恐怖や痛みを伴わない、このような突然死は、死ぬ人にとってはいいのだが、残された人は困るかも知れない。自分の身の回りを整理して、残された人たちが迷わないよう配慮することも必要かも知れない。それもまた悪くない。いずれにしても、余り苦しまないで、あの世に行きたいものである。

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