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2005年10月19日 (水)

靖国神社の不思議

極東軍事裁判でA級戦犯とされた人たちが、やがて時を経て、靖国神社では「神」としてあがめられている。これは極東軍事裁判の判決を愚弄するものである。歴史認識がおかしいのではないかと隣国が抗議している。隣国の言い分にも、もっともなところがあるのではないだろうか。
建前は「憲法の戦争放棄」、しかし本音は、それを否定していると見られているのではないか。建前と本音の乖離、二枚舌という日本人に対する悪口の原因の一つが、こんなところにもあるのかもしれない。参拝の中で明治以降の日本の歴史の中で戦死した人たちが「神」として現れる。ここには近代日本の連続性は途切れていない。敗戦は、日本の革命ではない。明治憲法は、その中で続いていると思われても仕方ないのではないか。

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