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2005年10月27日 (木)

臨床哲学

数日前、NHKのラジオ深夜便で、臨床心理学者の河合隼雄さんの話を聞いた。含蓄に富むよい話だった。最近は、「臨床哲学」「臨床カフェ」という言葉もあるらしい。その提唱者・実践者の鷲田清一さんが、朝日新聞(051027)朝刊で、その内容を紹介している。
「哲学の知識を使わない。十数人で、何について話すかを決める。偉い思想家の考えを繰り返さない。具体的な経験を引くことから始める。人の話は最後まで聞く。手を挙げて指名されてから話す。ルールはこれだけです。」
『「脳」整理法』(ちくま新書)の著者・茂木健一郎さんは「世界知」と「生活知」という言葉を使い、その交渉の大切さを説いているが、その実践の一つが、臨床哲学かも知れない。世界知はギリシャ伝統、生活知はヘブライ伝統と考えれば、その交渉を求めた中世と発想は同じかも知れない。

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