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2005年10月30日 (日)

ポストモダンの思想

僕が大学生のころ、第二バチカン公会議というものがあった。カトリック教会が方針を転換した画期的な会議であった。社会に開かれた教会づくりを目指し、また聖書重視などではプロテスタント教会の考え方に近づいていった。その中で、多くが達成されて、それ以前とは様変わりした面も多い。教会内部では中世至上主義といったようなものが崩壊していったのだろう。
昭和初期、プロテスタント主義と論戦したカトリック神父の業績も、いつしか顧みられなくなった。ある教授は、「今は対話の時代なので、第二バチカン以前の、あの神父さんは、どうも」と、敬遠する気分だった。第二バチカンは「初代教会歓迎、中世バイバイ」といったように受け止められていたようだ。この世界的・精神共同体は、第三バチカンを開くまでは、第二バチカンの方針で行かなくてはならないが、その間、世界の思想は大きく転換してしまった。
実は、あの神父さんの周辺の人たちの間で、「新しき中世」という言葉が語られていた。もちろん、戦前のことである。その時でさえ、古い中世に帰れ、という意味ではない。その時は、世俗社会は近代が活発に生きていたので、中世にも意味があったのかも知れないけれど。
さて、今、ソ連の解体を経て、新ミレニアムということで、「ポストモダン」といわれる。「近代後」だが、別の言葉では「新しき中世」なのではないか。世俗社会は、既に近世・近代を過去のものと考えている。その時、第二バチカン後ということで、近世・近代の世界に目を向け、対話を求めようとした姿勢にも、ある変化が必要ではないだろうか。対話の相手は変わってきているのではないか。

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