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2005年10月17日 (月)

現代の理解

カール・アダムが『カトリシズムの本質』の中で、こんなことを言っている。
「16世紀には教会と、18世紀にはキリストと、19世紀には神と分離した」
この期間が近世である。そして、19世紀の実験はソ連の崩壊で終末を迎えた。今、「新しき中世」である。世紀末のころ、そんな言葉が使われた。中世とは言わず、ポスト・モダンといった。だから、今の、この世紀が、どんな世紀であるかは、長い歴史の比較の中でのみ描き出すことができるのだ。近世に生きていた西欧人が、その現れた希望と秘められた絶望の中で、自分たちの実験の結末を予想できたかどうか。今、実験の結末が出たのだが、その後、時代はどうなるのか。それを考える枠組み、キーワードが必要ではないか。

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