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2005年10月17日 (月)

全的堕落とは

カルビ二ズムの5つの基本教理の一つを全的堕落といいます。大学生の時、教えられました。同じ宗教改革者の流れにあるウェスレーも、この点では同じということで、少し興味を覚えたのですが、実は彼らが反対したカトリック教会でも、根本は同じ教えと、私は思っています。このあたりは、「新しき中世」の合意が出来つつあるのです。全的堕落の正確な定義は、その筋に任せますが、私なりに説明します。
全的堕落とは、言ってみれば、人間は絶望的存在だということです。しかし、人間は絶望状態では一瞬たりとも生きていけません。ですから、この教えは、普通の生活の中では隠されているのです。啓示的教えということです。普通の生活では人は希望を持って生きています。しかし、それらの希望は、よく考えれば相対的で、はかないものです。だから、それらの希望の正体がすべてあばかれた時、人間は絶望状態となり、生きていけなくなります。しかし、そこに真の人間の姿があるのです。これを指して全的堕落というのだと思います。それは瞬間的なことですが、その時、救いがきます。だから、救いとは、絶対他力なのです。救いを得るためには人間は無能力であるということ、それが全的堕落の中で言われていることです。

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