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2005年10月23日 (日)

エクソシスト

悪魔払い師をエクソシストという。フロイトを読んでいて、精神科医は何かエクソシストのように思った。サタンは光が嫌いなのだろう。心の患部にこびりついているサタンに光を当てて、サタンを追い出すこと、それが精神科の治療のように思った。それにしても、精神科に行くことには抵抗を感じる。体が病気であれば、躊躇せずに医師にかかるが、心が病気ということは、どういうことなのだろうか。心は、その人にとっては対象化できないのではないか。病気という判断は、それをあえて対象化することだ。性格、個性と病気の違いは、どうなのだろう。心の病気というレッテルは、その人の人格にかかわるのではないか。その時、薬物療法の利点を知らされたように思った。心と大脳は結びついている。大脳は体である。だから、心の病気というのは大脳の機能障害なのだ。だから、薬物療法で対応すれば、医師は患者の心を傷つけず、自分の仕事ができるという理屈である。心は大脳と関係あるが、大脳とは違うという一点をおさえれば、精神科に行きやすくなるだろう。精神科医師とエクソシストは、こうして人の奥深い病に挑戦している。しかし、ある意味では医師でなくとも、音楽家でも小説家でも、誰でもエクソシストになれるのだ。それは光を病人の患部に当てるという作業である。ベートーベンは、「他の人々よりいっそう神に近づき、そこから神の光を人々のあいだに広げることより気高いことはありません」(「ルードルフ大公あて書簡」)と言っているが、彼もまたエクソシストではなかったか。サタンとの戦いが、人にとって最高の仕事なのだと思う。

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