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2005年10月12日 (水)

十字軍への反省

イラク戦争が始まった時、米国などでは十字軍という発想があったが、イスラム諸国を刺激するというので、急遽、取り消したことがあった。そしてテロとの戦いということになった。中世の十字軍でのイスラム側の怨念も、なお残っているのかも知れない。中世では、十字軍を送り出している側の反省もあり、そこに一つの修道会が生まれた。武力によるのではなくして、説教による解決を志向するという建前があった。やはり、人間には理性に訴えるべきだろう。それが訴えられる側への礼儀というものだろう。こういう形は大切なのである。今、そんな志向があるだろうか。テロの側に、そんな反省があれば、新しい世界が生まれる可能性がある。そこに、古代ギリシャの役割がある。狂信的になった宗教が政治と結びつく時、周囲の人々は不安と恐怖を抱く。かつての日本も、そのようであったらしい。

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