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2005年10月 4日 (火)

浄土真宗のふるさと

カール・バルトは、浄土真宗は日本的プロテスタンティズムだと言ったという。信仰義認のプロテスタンティズムの信仰と絶対他力の浄土真宗の信仰の類似性を指摘したものである。浄土真宗は、もちろん仏教である。だから、インド由来、釈迦由来と言いたいのだが、実質はどうなのだろうか。浄土真宗の元はもちろん浄土教で、浄土教の本尊は阿弥陀である。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと 11』(223頁)によると、インドの原始仏教の世界に「アミータ」という葬式専門の仏がいたらしい。このアミータが、鎌倉仏教の時代、法然、親鸞の時、絶対者にまで格上げされた。こうして、原始仏教とは違う救済宗教の形が出来たのだが、どこでそうなったのか。それはインドではなく、西域、シルクロードのどこかでできたという説があるという。シルクロードのどこかで、キリスト教と仏教が出会い、キリスト教的仏教が誕生したのだろうか。それが浄土教、また浄土真宗として現在まで伝わってきているのだろうか。もちろん、「キリスト教的」という修辞は回避しなくてはならない。しかし、霊魂否定の仏教が、霊魂救済の教えになっているのは、それでいいのだろうか。人間とは何か。無なのか空なのか、それとも死後も続く霊魂なのか。この両者は対立しているのではないか、それとも共存できるのだろうか。司馬さんの問題提起は率直であり、我々に突きつけられている。

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