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2005年10月 1日 (土)

説教の核心

説教するとか、福音を伝えるということは、どういうことなのだろうか。
イエスは、神を父と言った。それはブーバー的に言えば、神は汝なのだという意味である。
それをヒントにすれば、説教とは、神を客体として伝えることではない。客体の場合には、自分とは無関係な真理を伝えるということになる。しかし、イエスは、そうしなかった。自分と深い関係のある事実を伝えようとしたのである。
現代社会に目を向ければ、精神分析をする時に、まず、分析者が教育分析を受けて、他者の分析の前に自分の分析をするようなものだ。自分と関係あるところに真理はある。自分と深く関係するところに真理はあるのだ。
一方、律法学者たちは、自分とは意識の中で深く結びついていない「真理」を伝えようとしたのだ。そこが、一番の違いである。それは真理を「もの」のように見ることを意味している。
イエスは、神を「もの」ではなくて、「汝」なのだと言った。それが、イエスの説教の核心なのである。

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