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2005年10月31日 (月)

空海

私の実家の宗旨は真言宗であった。今、「ある」、とはなかなか言えない気分なのだが、「ある」と言ってもいいかも知れない。近くに川がある。そのほとりに寺がある。懐かしい先祖たちが眠っている。以前は、寺が豊かな自然で囲まれていて、よく遊んだものだ。そこに弘法大師の立像があった。今は自然もなくなり、寺も小さく全体が小規模になってしまったが、あの立像だけは存在している。
祖父母の名前は、千葉県・成田山新勝寺の正面右側の階段の一番下にある柱に刻まれている。何かの寄進をしたのかも知れない。小学校の5,6年の時の教師は、その後、真言宗の僧侶になった。
この仏教の一宗派とは、何かと関係があったのだが、これまで親しみといったものを感じることはなかった。親鸞とか日蓮とか、そちらの方の情報の方が圧倒的に多く、関心は、むしろそちらに向いていた。
弘法大師・空海とは何者であるのか、よくは知らなかった。しかし、司馬遼太郎さんの『空海の風景』を読んで、空海に親しみを感じるようになった。事実なのだろうかと思ったが、事実なのだろう。そして、空海につなげて、先祖たちにも親しみが広がっていくように感じた。司馬さんとは不思議な作家である。これまで、いろいろ読んできたが、どれも面白かった。

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