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2005年10月 5日 (水)

性善か性悪か

中国の思想家が性善説とか性悪説とか主張したことが知られている。どちらが正しいのか。どちらも正しいのだろう。人は善であったが、悪が入ってきたということ。問題は悪である。全くの善人と思われる人もいるのだが、逆に、悪人とレッテルを貼りたい人もいる。ドストエフスキーは、どんな悪人にも善のかけらを見る人であったが、「存在しているから善なのだ」という理論から考えれば、分からないわけではない。しかし、それは恐らく個人を指しているのだろう。現代世界のゆゆしき問題はテロリズム。その戦いは正義の戦いと思うだろう。しかし、テロリストも人間である。ドストエフスキー的視点は、テロリストにも適用されるのだろうか。宗教信仰がイデオロギーと混ざって、戦いは止まない。この部分では性悪に思える。

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