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2005年10月 8日 (土)

普遍主義への道

明治のクリスチャンは皆、ナショナリストであった。内村しかり、植村しかり、新島しかり、皆、日本のことを考えていたのだ。それは日本の課題として、彼らの前にあったからだ。その課題をキリスト教によって解決しようとしたところに、明治のクリスチャンの実践があった。従って、キリスト教はプロテスタントでなければならなかった。
キリシタンへの偏見の強い日本人にとり、カトリックはナショナリズムとの共存には困難があった。その間、カトリックはあたかも地下水のように、日本の歴史の表舞台からは隠れて生き続けるしかなかった。
しかし、敗戦は、このナショナリズムへの鉄槌であった。それは新しい普遍主義への道を示しているが、プロテスタンティズムの地平に、そのようなものが捉えられるであろうか?

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