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2005年10月19日 (水)

内村理解

幕末に生まれ、昭和5年に世を去った内村鑑三。人が時代を造り、また時代が人を造る。どちらが先かは知らないが、深い連関があるように思う。内村は明治から敗戦までの近代日本のキリスト者であった。彼の人生は、近代日本の誕生と終焉に重なっている。彼の愛した日本に、捨て台詞を残して亡くなった昭和5年、そのあと、日本は滅亡の道を進む。内村の提唱した無教会主義の狙いは、私の理解では教派主義への批判であった。教派主義とは、近代日本の中では、キリスト教の避けられない選択であったのだろう。強烈な国家主義的雰囲気の中で、宗教者といえども、それに同調しないでは存在できない時代であった。内村は一時、ちょっとした儀礼的「不作為」のため、「売国奴」とまでののしられたが、それでも彼が生き延びたのは、彼の強烈な愛国心の発露に日本人が感激したためであった。この感激が、信仰を抜きにして国民に伝播していった時、近代日本の偏狭な国家主義を支えたことも考えられる。実際、彼の雑誌活動に参加した人たちの中には、のち、右翼的活動で知られた人もいた。彼の教会批判はプロテスタント教会が応じ、両者には緊張状態があった。しかし、批判の中身が教会なのか、教派主義なのか、そこに誤解があったのではないか。彼は、無教会主義は再臨で完成するという意味のことを言っていた。もし、それが教派主義を指しているなら、再臨の前でも、一部、実現しているのではないか。彼の死後、日本は滅亡の道を進み、戦後、再生したが、時代はかつての教派主義の時代でなくなったのではないか。

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