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2005年10月25日 (火)

表現活動

IT社会とは、何と簡単に表現活動ができるのだろうか。正常な表現活動を日常的にすることで、ある程度、心身の健康を保持することができる。表現活動を促すことも、カウンセラーの役割かも知れない。

大学紛争の時、校舎を占拠した学生たちが、演説し、「革命的に」を連発した。「革命的に食事せよ」とも言ったが、ノンポリ・ノンセクトの私には意味が分からなかった。それは異常な表現活動であった。今、大学は平和そのものであり、異常活動は低年齢化している。

大学での紛争のさなか、キャンパス内の掲示板に意見を貼り付けた。ある教師に呼び出され、注意されたが、その教師も今はいない。当時、意見書ともいうべきビラが盛んに生産されて、不特定多数にばらまかれた。その製作には、ある程度の労力が必要であったが、IT社会では、いとも簡単に意見の公表ができる。ジグザグデモもあり、あちこちで学生集会があった。熱のこもった表現活動が続いた。

ロンドンの公園で、時事問題でも何でも、論者が話しかけ、人の輪が出来ているシーンをテレビで見たことがある。ここにも表現したい人がいる。そして、意見を聞きたい人もいる。

実家は、そんな活動とは無縁な地味な職業であった。小学生の時、朝礼で、みなの前で話すよう促されて、しりごみし、話さなかった。そんな習性が、いつしかついてしまったのかも知れない。人の前で話す職業は避けてきた。しかし、それでもある程度、表現活動はしなくてはならない。そんな時、人の目は見たくない。そんな人にも、IT社会は表現活動をしやすくしてくれる。

16世紀の宗教改革は印刷術の発明と共に進展していった。中世社会と比較して、表現活動が簡単にできるようになった。現代の印刷術とも言うべきITという道具は、近代社会全体を変革する力となるだろう。

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