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2005年10月13日 (木)

改宗

プロテスタントからカトリックへの改宗は以前は珍しかったが、今は、そうでもないらしい。最近は転会というらしい。教会を転じること、転居と同じような意味なのだろう。そこには、カトリックもプロテスタントも根本は同じという理解があり、洗礼のやり直しはしない場合が多くなっている。この転会、以前は帰正といったらしい。ここには、対立感情が出ている。こんな変化も、第二バチカン公会議以降の、教会一致を目指す運動の成果かも知れない。いや、そうに違いない。しかし、それでも、プロテスタントからカトリックに教会籍を移すことには、いくつかの壁を乗り越えることが必要である。ここが明確でない人は、自分で「改宗」の意味づけができないであろう。その意味づけのためには、ルターを乗り越えることが必要なのだが、そのための材料が乏しいのが現状である。プロテスタントの人たちは、ある意味ではみなルターの弟子たちである。だからプロテスタントからカトリックへ教会を変える場合、ルターにあいさつすべきである。どんなあいさつをするのか、あるいはあいさつしないのか。これは、その後の、その人の生き方にも関係する。そう思うと、プロテスタントからカトリックへの「改宗」者で、きちんとルターにあいさつしている人は、今は余りいないのではないかと思う。あいさつの材料を乏しくしているのが、現代である。もちろん、きちんとしたあいさつをしたからといって、以前のような対立感情をむき出しにすることは時代錯誤である。

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