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2005年10月10日 (月)

人生論ノート

三木清は「人生論ノート」の中で、こう言っている。「疑いもなく確かなことは、過去のすべての時代においてつねに幸福が倫理の中心問題であったということである」。同感である。しかし、次の言葉は、意味が分からない。「それだから死に対する準備というものは、どこまでも執着するものを作るということである。私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する」。執着と愛が同じような意味で使われているが、以前、違うのではないかと指摘しておいた。しかし、愛の対象を作ることが、自分の永世を約束するということは、どういう意味だろうか。

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