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2005年10月13日 (木)

現代社会の挑戦

現代社会が、どういう形で人間に挑戦しているのか考えて見る必要がありそうです。その問いの中では、情報というものが大きな要素になると思います。
   
かつて、書物が情報の源泉とされていた時代がありましたが、テレビ、インターネットと、今では、社会に情報はあふれるばかりです。特に、コンピューターが日常生活の中に猛烈な勢いで浸透している現在、現代人は、情報の攻撃にさらされ通しです。
   
そんな環境の中で、社会不適応を起こす人たちを含めて、どのように生きていったらよいのかと反省しないと、人間関係の中でトラブルメーカーになっていく確率は高まるばかりと思います。
   
情報とは、我々人間の主体的関心のアンテナにひっかかるもののことです。情報という客観的なものがあるわけではありません。ある人の情報は、他の人の騒音でしかありません。五感に飛び込んでくる刺激のすべてが、情報という重要な価値を持つものではありません。
   
我々の目が情報に幻惑されて、外側ばかり見ていると、爆発的に膨張している情報の中で、自分を失うことになります。全部の情報に接するには、時間は絶対に足りません。
   
それに、さまざまな情報には、それぞれ発信元の価値観が潜在していますので、それらの情報と共に多様な価値観を、いちいち受容していたら、自己分裂を起こしてしまいます。自己アイデンティティの喪失が起きます。それは、他の人々にも、迷惑をかけますし、社会は、そのような人たちを排除していくでしょう。
   
現代社会は、あれでもか、これでもか、という形で、情報による攻撃をしています。そこで、自分を守るためには、情報を極力、騒音化していくことが大切と思います。
   
必要な情報は、いや、情報というものは必要性を帯びているのですが、そんなに多くはないのです。自分にとって大切なものは何か、それを必要最小限に絞りこんでいくことが、こんな時代を生きる知恵なのかも知れません。そのような作業を自覚してやれば、情報は比較的、少ないのではないかと思います。そのような生き方が、現代社会の中で一人一人に問われているのではないでしょうか。
   
必要なことは私に帰ること、私の中で満足することではないかと思います。外のものに寄りかかる時、心に黄色の信号が点滅します。信頼していた人に裏切られ、か弱い自我が傷つくかも知れないのです。

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