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2005年11月28日 (月)

見えない教会

教会は、もともと「見える教会」なのである。イエスが弟子たちに教会を渡した時、それは「見える教会」であった。しかし、のち、ローマ帝国の中で、公認教会、国教となり、コンスタンチヌス体制が確立されて一つの地域全体が教会となったが、そんなことは当初、予想していなかったであろう。
当然、共同体の純粋性が失われる。そのために、「見えない教会」を考えざるを得なかったのだろう。アウグスチヌスは、コンスタンチヌス体制を是認して、カトリック教会の礎となりつつ、その体制の限界をも予想して、「見えない教会」を考えて、宗教改革の導火線も用意したのではなかったか。
プロテスタント教会の一牧師は、宗教改革後、カトリック教会も一つの教派になった、と言ったことがある。プロテスタント教会には、「見えない教会」こそが完全な教会であり、「見える教会」は、どれも断片で、それが教派だという意識があるであろう。しかし、カトリック教会の中には、自分たちが教派、宗派とみなされることへの抵抗があるだろう。カトリックの一神父は、宗教改革で、一つの皿が割れて、断片になった、それがプロテスタント教会だと、例えを語ったことがある。なぜなら、教会は元来「見える教会」なのであり、その教会は歴史的には、自分たちの教会なのだという意識があるからだ。
だから、教会一致運動とは、プロテスタント教会の中での意識は教会間の親睦にとどまる。他の教会も対等関係なのだから。しかし、カトリック教会の意識は、もし、自分たちが教派でないという意識があるとしたら、そこでは、壊れた断片を集めて、もとの皿を再製する作業に協力することを意味しているかも知れない。その皿は、どこに出来るのだろうか、それが問題である。それは、あるいは自分たちのカトリック教会への吸収を意味しているのかも知れない。こうして、教会一致運動へのかかわり方の違いが生れるのだろう。
しかし、もちろん、この運動のベースとなる関係は親睦関係であり、それ以上に出ることは危険なのである。それ以上の関係の検討については、教理問題となり、それは別のところで議論されている。
こう考えれば、教会一致運動というのは、教会分裂前の時代、すなわち中世を目指すものであり、歴史が逆転しないことを考えれば、「新しき中世」を目指す運動なのである。

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