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2005年11月14日 (月)

教団の必要

宗教が、その真理を時空を超えて運ぶためには、やはり時空の中での教団が必要であろう。ただ、その教団をどう理解するかが問題である。多様雑多なものを運ぶ教団の中にあっては、その雑多なものを選択すればよい。その選択が体質的に難しい人たちは、余り選択の余地を残さない本質的なものを明示し、それで形成されている教団を選ぶがよい。教団は、その中の真理に関しては人の生の目的かも知れないが、同時に、その周辺部分に関しては手段でもあるので、教団を目的化して絶対服従を誓うなどという態度で信徒たちが対応していては、逆に、そんな対応が難しくなる場面も出てくることもあるだろう。教団のおける相対部分は手段化して考えないと、偶像崇拝という過ちを犯すことになるかも知れないのである。

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