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2005年11月12日 (土)

二宮金次郎

6年間、お世話になった小学校の校舎が改築されて、以前とは違ったものになった。しかし、残ったものが一つある。二宮金次郎の銅像である。薪を背負い、少し前かがみになって、本を読んでいる、あの銅像である。
小学校に、あの銅像があるということの意味を考えてみた。一つは、教育というものは自発的なものということである。共同生活や集団教育も大切だが、教育の基本は自発的なものだと思う。それから、破綻しつつある生活の復興のシンボルとしての意味だ。これらは今日の私の課題でもある。小学校という人生の初期段階で、あの銅像とめぐり合ったのは幸せであった。一生、あの銅像の意味を考えていきたい。そのためには、各家庭になければならない。過日、横浜・中華街に行ったが、ミニチュアの中国産の像が、縁起物として多く、売られていた。あの二宮金次郎の銅像のミニチュア版が売られたら、きっと買うであろう。それにしても、ないのが不思議だ。こんな発想はだれもしないのだろうか。

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