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2005年11月29日 (火)

「汝」の伝達

人の最大の事業は神を伝えることである。イエスは、神を父と言った。それはブーバー的に言えば、神は汝なのだという意味である。それをヒントにすれば、イエスの場合は、神を伝えるとは、神を客体として伝えることではない。客体の場合には、自分とは無関係な真理を伝えるということになる。しかし、イエスは、そうしなかった。自分を成り立たせている深い関係の中に、人を招こうとした。
精神分析をする時に、まず、分析者が教育分析を受けて、他者の分析の前に自分の分析をするようなものだ。自分と関係あるところに真理はある。実存的真理であり、その意味で真理は実存的だ。自分と深く関係するところに真理はある。その真理は、また他者にとっても大事なものだ。
一方、律法学者たちは、自分とは意識の中で深く結びついていない「真理」を伝えようとしたと言える。そこが一番の違いだろう。それは真理を「もの」のように見ることを意味している。イエスは、神を「もの」ではなくて、「汝」なのだと言った。

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