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2005年11月 9日 (水)

異なる気分

江戸時代は近世である。しかし、西洋で言えば、中世的気分である。両方とも中央集権的で、激動の世紀ではない。西洋では中世から近世への激動の世紀への移行したころ、対抗宗教改革の中で宣教熱が高まり、ザビエルが日本に来た。そこで、その教えを受け入れれば、日本も西洋同様に激動の近世を経験したかも知れないし、気分的には一致したかも知れない。が、あるいは西洋の属国となったかも知れない。和辻哲郎は、戦後、まもなく、この鎖国を批判するような著書『鎖国』を出している。日本は西洋の属国とはならなかったであろう、という。しかし、小さな島国で、西洋近世のような国家群の対立抗争の時代は考えにくい。西洋の近世の気分は、日本では、むしろ明治以降の近代であろう。こうして、敗戦を迎えたが、世界大戦であったため、日本も西洋も同時の経験であった。西洋の近世が長く続いて経験してきたことを、日本では、あるいは明治以降の100年足らずの近代の期間に駆け足で経験してしまったのだろうか。明治元年は1868年、100年後の1968年は、日本では大学紛争たけなわのころである。

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