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2005年11月 9日 (水)

日本の中世

浄土真宗の寺院の住職で、ドイツの近現代史を専攻された学究で、マックス・ウェーバーの研究者でもある野田宣雄氏の著書に『二十一世紀をどう生きるか』(PHP新書)がある。ここでも「新しい中世」という言葉が登場する。しかし、少し違和感があった。著者は、近代資本主義とプロテスタンティズムの関係をウェーバーに即して考えつつ、その終焉を予想している。そして、近代資本主義のあとに、親鸞の生きた時代に似た時代が来ると考えて、それを「新しい中世」という言葉で表現しようとしている。親鸞の生きた時代というのだから、日本の時代区分のことであろう。しかし、私は「新しき中世」を日本の文脈で考えたことがなかった。これまでも、一般的には、そうだったのではないだろうか。
日本の時代区分としては、中世は1192年から始まる鎌倉時代から1573年の室町幕府の滅亡あたりまでで、それ以後の安土桃山時代・江戸時代は近世、明治維新以後が近代で、敗戦後が現代というものだと思う。親鸞は1190年から1262年までの人だから、確かに日本の中世の人である。その時、日本には現在まで続いている仏教教団の革新的人物が多く輩出した。その意味では、西洋同様、宗教的時代であり、その影響が現在まで続いているということでは類似点があるかも知れない。

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コメント

われわれは、21世紀の日本に生きているのだから、この現実と「新しき中世」というものが、どのように関係しているのか、それが大事なことであろう。それが明確にならなければ、具体的な行動が生まれない。

投稿: | 2005年11月15日 (火) 14時19分

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