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2005年11月23日 (水)

静と動

静が動に優先するということは、実は大変なことである。普通は、そうではない。

聖書には、マリアとマルタという姉妹の物語がある(ルカ10・38-42)。姉妹の家にイエスが来た。姉のマルタは接待で忙しい。妹のマリアはイエスの言葉に聴き入っている。マルタは、マリアの態度に腹が立ったが、イエスは、「マリアはよい方を選んだ」という。マリアの優位である。マリアは静、マルタは動の立場である。ここでは静は動に優位している。

しかし、この場合には、イエスに聴くという姿勢(静)の中に、聖の価値が実現しているので、静は動に優位しているのだ。逆に、静が聖の価値を持っていない時はどうか。もちろん、動が優位している。聖の価値がなければ、静は、何の役にも立たない、ということで、動から一顧だにされないであろう。そして、これが一般の、普通のあり方なのである。

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